現実主義者の信仰と奇跡 ― 2009-12-26
信仰に対する作者の考え方が述べられる。
≪В реалисте вера не от чуда рождаеться, а чуда от веры. ≫
<試訳> 現実主義者の場合、奇跡から信仰が生じるのではなく、信仰から奇跡が生まれるのだ。
一般論として述べていますが、少し前で作者が「アリョーシャは誰にも増して現実主義者だったような気がする」と書いていますから、これを受けてアリョーシャのことをいっているのでしょう。
信仰の問題、とりわけ神の存在についてはフョードルをはじめカラマーゾフ家の人々が真剣に悩むテーマですが、歴史的、文化的な背景の違いを感じます。
≪В реалисте вера не от чуда рождаеться, а чуда от веры. ≫
<試訳> 現実主義者の場合、奇跡から信仰が生じるのではなく、信仰から奇跡が生まれるのだ。
一般論として述べていますが、少し前で作者が「アリョーシャは誰にも増して現実主義者だったような気がする」と書いていますから、これを受けてアリョーシャのことをいっているのでしょう。
信仰の問題、とりわけ神の存在についてはフョードルをはじめカラマーゾフ家の人々が真剣に悩むテーマですが、歴史的、文化的な背景の違いを感じます。
コメント
_ gieyon ― 2009-12-26 21:18
アリョーシャを理想主義者にくくらないで、敢えて現実主義者としたところに魅かれます。それが、今日でもこの物語が熱く読みつがれている理由のひとつではないでしょうか。第二部アリョーシャの物語を読みたかった。
_ mir→gieyon ― 2009-12-26 21:54
人物を類型化せずに多面的に捉えるドストエフスキーの洞察力に感服します。
コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。