神はあるのか?2010-05-01

核心の問題を問い詰める父と、それに答える息子達

≪А всё- таки говори: есть бог или нет? Только серьёзно! Мне надо теперь серьёзно.
- Нет, нету бога.
- Алёшка, есть бог?
- Есть бог.≫

<試訳> 「それにしても、さあ言うんだ、神ってのはあるのかそれともないのか。真剣そのものだぞ! わしは今は真剣でなくちゃいかんのだ。」
「いいえ、神はありません」
「アリョーシカ、神はあるのか?」
「神はおられます」

印象に残るやりとりです。これほど重いテーマを直截に表現した文学は少ないと思います。作者が悩み考え抜いた末に得た見解がしっかりとあるからこそでしょう。イワンは無神論を、アリョーシャは神の存在をもちろん信じています。さらに問答は続きます。

不死はあるのか?2010-05-02

さらにフョードルの問いかけが続く

≪- Иван, а бессмертие есть, ну там какое-нибудь, ну хоть маленькое, малюсенькое?
- Нет и бессмертия.
- Никакого?
- никакого.
- То-есть совершеннейший нуль или нечто. Может быть нечто какое-нибудь есть? Всё же ведь не ничто!
- совершенный нуль.
- Алёшка, есть бессмертие?
- Есть.
- А бог и бессмертие?
- И бог и бессмертие. В боге и бессмертие.≫

<試訳>「イワン、そんなら不死ということはあるかね、そうだな、何らかの形で、まあ、僅かでも、ほんのちょっぴりでもいいんだが」
「いいえ、不死もまたありませんよ」
「まったくか」
「まったくありません」
「つまり、完全なる無か、それとも何かしらってことか。何かが、なんらかの形であるかも知れんじゃあないか。だって何もないなんてことは!」
「まったくの無ですよ」
「アリョーシカ、不死はあるかね」
「あります」
「神も、不死もあるんだな」
「神も、不死もあります。神の中に不死もあるのです」

神と不死の存在を巡って法廷の審問のようなやりとりが続きます。19世紀ロシアの片隅の町、暗い屋敷の食卓を囲んでの議論ですが、まるで自分が陪審員席に座って眼前の審理に立ち会い見解を迫られている気分です。自分の考えをあいまいにせず、生き方を一致させようと苦悩する彼らに学ぶものがあります。「不死」はこの後、ゾシマ長老の死に際して関わりを持ってきます。

幻想のために空しく何千年も2010-05-03

神がいないと言われフョードルが憤る

≪- Гм. Вероятнее, что прав Иван. Господь, подумать только о том, сколько отдал человек веры, сколько всяких сил даром на эту мечту, и это столько уж тысяч лет! ≫

<試訳>「うーむ、おそらくイワンのほうが正しそうだな。ああ、全く何ということだ、こんな幻想のために人間がどんだけ多くの信心を捧げ、どんだけ全精力をつぎ込んだと言うんだ、それも実に何千年もだ!

イワンが言う「神はない」に傾くフョードルですが、心の奥ではまだ迷いを持っているように思われます。「幻想」と訳しましたが、「夢、空想、想像、夢想、幻影、憧れ、願望」などの意を持つ語です。神の存在に救済の期待を持ちつつも、一方でそれが虚構であるとしたらと憤慨します。揺れ動く彼の心情の描写は、当時の宗教事情を考えると大胆な問題提起だったことでしょう。現代においてもなお。

悪魔もいない2010-05-04

神も不死もないと言うイワンに、父は続けて問う

≪Кто же это так смеётся над человеком? Иван? А последний раз и решительно: есть бог или нет? Я в последний раз!
- И последний раз нет.
- Кто же смеётся над людьми, Иван?
- Чорт, должно быть, - усмехнулся Иван Фёдорович.
- А чорт есть?
- Нет, и чорта нет.
- Жаль. Чорт возьми, что б я после того сделал с тем, кто первый выдумал бога! ≫

<試訳>「一体誰が人間をこんな風にあざ笑っているんだ。イワン、これが最後で決定的な問いだ、神はあるのかそれともないのか。わしはこれを最後にと聞いているんだぞ」
「最終的にも、存在しませんよ」
「じゃあ一体誰が人間をあざ笑っているんだ、イワン」
「悪魔でしょうよ、きっと」-イワンは薄笑いした。
「じゃあ悪魔はいるのか」
「いえ、悪魔もいませんよ」
「残念。ちくしょうっ、そんなら最初に神を考え出したやつをわしはどうしてやりゃあいいんだ」

もし神が無いなら信仰は虚構に対するものになる、とフョードルは人間を欺き愚弄したもの、神を考え出したものへ強い憤りをぶつけます。悪魔もいないと悔しがる彼のやりきれない憤懣が伝わってきます。以前、彼がアリョーシャに「わしが死ぬ時に、悪魔たちがわしを鉤で引きずり出す・・・」と語っています。かなり酔っているのに、彼は真剣に論争をしかけます。

3ルーブリ紙幣2010-05-05

旧ロシアの3ルーブリ紙幣です。1905年と読み取れるので革命前のものでしょう。ちょうど葉書の大きさです。折り目がついているのが残念ですが、淡い色調が美しいと思います。スメルジャコフがフョードルの札束をイワンに渡す場面がありますが、こんな紙幣の束だったのでしょうか。

頭よりも善き心がある2010-05-06

イワンと議論していたフョードルが急にアリョーシャに向く

≪Я Алёшу оскорбил. Ты не сердишься, Алексей? Милый Алексейчик ты мой, Алексейчик!
- Нет, не сержусь. Я ваши мысли знаю. Сердце у вас лучше головы.
- У меня-то сердце лучше головы? Господи, да ещё кто это говорит? Иван, любишь ты Алёшку?
- Люблю.
- Люби. (Фёдор Павлович сильно хмелел.≫

<試訳>「わしはアリョーシャを傷つけちまったな。怒らんでくれ、アリョーシャ。アレクセイチック、かわいいわしのアレクセイチック!」
「いいえ、怒ってませんよ。あなたのお考えは分かっています。あなたには頭よりも善き心があります」
「このわしに頭よりも善き心だと。何と、だれがこんなことを言ってくれるもんか。イワン、お前はアリョーシカを好きかね」
「好きですよ」
「愛してやるんだ」(フョードルはひどく酔っていた)

イワンと「神も悪魔もない」とやりとりしていた彼が、敬虔なアリョーシャを傷つけたのではと気付いて話しかけます。酔いのせいか急に穏やかな父親の呼びかけになり、アレクセイを、アリョーシャ、アリョーシカ、アレクセイチックなど愛称を変え親愛の情を表しています。「頭より善き心」は、父の考え方(無神論)はともかく、全うな心情を信じているアリョーシャの気持ちでしょうか。

何という眼をしているんだ2010-05-07

フョードルはイワンの蔑むような眼を怖れる

≪- Что ты гдядишь на меня? Какие твои глаза? Твои глаза глядят на меня и говорят мне: "Пьяная ты харя". Подозрительные твои глаза, презрительные твои глаза... Ты себе на уме приехал. Вот Алёша смотрит, и глаза его сияют. Не презирает меня Алёша. Алексей, не люби Ивана...≫

<試訳>「なんでわしを眺めるんだ。何という眼をしているんだ。お前の眼はわしを見てこう言っとるぞ『飲んだくれの面め』とな。疑い深いお前の眼、軽蔑しとるような眼だ・・・。お前は魂胆があってやって来たんだな。ほら、アリョーシャが見とるが、あいつの眼は輝いとる。わしを軽蔑しとらんからなアリョーシャは。アレクセイ、イワンを好きになるんじゃないぞ...」

フョードルは酔いにまかせて暴言を続けます。議論ではイワンの肩をもったのですが、冷やかな彼の視線を感じて怖れます。猜疑心の強い彼もアリョーシャだけは信じているようです。それにしても息子達を相手に好きの嫌いのと言う父親は軽蔑に値します。フョードルだけにしてほしいものです。

好いてないのはわかっとる2010-05-08

イワンを非難する父がアリョーシャにたしなめられる

≪- Не сердитесь на брата! Перестаньте его обижать, - вдруг настойчво произнёс Алёша.
- Ну что ж, я пожалуй. Ух, голова болит. Убери коньяк, Иван, третий раз говорю. - задумался и вдруг длинно и хитро улыбнулся: - Не сердись, Иван, а старого мозгляа. Я знаю, что ты не любишь меня, только всё-таки не сердись.≫

<試訳>「兄さんに腹を立てないでください! 兄さんの気に障ることを言うのはやめてください」 突然、アリョーシャがしっかりと声を発した。
「そうか、まあよかろう。ああ、頭が痛いわい。コニャックを片付けてくれ、イワン、3度も言ってるな」 フョードルは考え込んでいたが、急にずるそうににやりとした。
「怒らんでくれ、イワン、老いたる役立たずをな。お前がわしを好いてないのはわかっとるが、とにかく怒らんでくれ」

イワンにからむ父に対してアリョーシャが強くたしなめます。「役立たず」と訳した語は「弱々しい男」の意味もあり迷いました。自分を「道化」と言うなど、卑下して気を惹くところのあるフョードルの言い方です。嫌われながら生き抜いてきた彼が身につけたものでしょう。

アリョーシャの異変2010-05-09

信仰を侮辱された母の様子を聞くアリョーシャに異変が起こる

≪Алёша, Алёша! Что с тобой! Старик вскочилв испуге. Алёша с самого того времени, как он заговорил о его матери, мало-по-малу стал изменяться в лице. Он покраснел, глаза его загорелись, губы вздрогнули... ≫

<試訳>「アリョーシャ、アリョーシャ! どうしたんだ、どうしたんだ!」と老人は驚いて立ち上がった。母について父が話し始めたその瞬間から、アリョーシャはだんだんと顔つきが変わっていった。紅潮し、彼の目は燃え、唇は震えていた。

大切な聖像を汚された母について得々と語る父と、衝撃を受けるアリョーシャの様子が描写されます。アリョーシャにとって「あたかも闇の中の輝く点のように・・・生涯を通じて心に浮かぶ」(cf.アリョーシャの追憶'09.12.16)思い出の中の母が苦しむ姿は耐えられません。感受性が強いだけに痛々しさがあります。

声のない涙の発作2010-05-10

アリョーシャは亡き母と同じような発作に震える

≪Алёша вдруг вскочтил из-за стола, точь-в-точь как по рассказу мать его, всплеснул руками, потом закрыл ими лицо, упал как подкошенный на стул и так и затрясся вдруг весь от истерического припадка внезапных, сотрясающих и неслышных слёз. ≫

<試訳>アリョーシャは突然食卓から立ち上がり、母の話そっくりそのままに、両手を打ち合わせ、その両手で顔を覆い、椅子になぎ倒されたように倒れ込むと、興奮しきった声のない涙の不意のヒステリックな発作で急に全身をしきりに震わせ始めた。

父から聞いた母の様子が、アリョーシャの身に同じように起きます。彼の言い表し難い感情の激しい表出です。発作はスメルジャコフだけかと思っていましたが、彼もまた・・・。登場者の多くが多かれ少なかれ病み、崩れていくこの物語になぜ惹きつける力があるのでしょう。