二人の女性(挿絵)2010-06-11

ちょうど今訳している部分の挿絵です。カテリーナが別室に控えていたグルーシェンカに声をかけて呼びます。彼女との間で話がついていることをアリョーシャに納得させるためです。初めは和やかですが、やがてドミートリィを巡って二人の女性の間で火花が散る場面です。

待ちわびていたところですわ2010-06-12

カテリーナに呼ばれてグルーシェンカが登場する

≪- А я только и ждала за занавеской, что вы позовёте, - произнёс нежный, несколько слащавый даже, женский голос. Поднялась портьера и ... сама Грушенька, смеясь и радуясь, подошла к столу. В Алёше как будто что передернулось. Он приковался к ней взглядом, глаз отвести не мог. ≫

<試訳>「私、カーテンの陰であなたが呼んでくださるのを、待ちわびていたところですわ」 柔らかな、心もち甘ったる気な女性の声がした。とばりが持ち上げられ、そして・・・当のグルーシェンカがほほ笑みながら、嬉しそうにテーブルに近づいてきた。アリョーシャの内心はまるでひきつったかのようであった。彼はグルーシェンカをじっと見つめ、目をそらすことができなかった。

彼にとって思いもよらないグルーシェンカの登場です。カテリーナが話がついていることを示すために呼び出します。これまで父や兄が酷い表現で語っていたイメージがあるので、彼が初めて出会う彼女に驚くのも無理はありません。「柔らかで甘ったるい」様子は、カテリーナと対比されてもいます。先程は男どうしの暴力的な騒ぎ、そして今度は女性二人の対決、内心を翻弄されるようなアリョーシャはどのような役割をするのでしょう。それにしても、とばりを持ち上げながらの彼女の登場の仕方は印象的で、作者の彼女への思い入れを感じます。

この人が、”猛獣”という怖ろしい女性なのだ2010-06-13

イメージと違う眼前のグルーシェンカ

≪Вот она, эта ужасная женщина - "зверь", как полчаса назад вырвалось про неё у брата Иван. И однако же пред ним стояло, казалось бы, самое обыкновенное и простое существо на взгляд, - добрая, милая женщина, положим, красивая, но так похожая на всех других красивых, но "обыкновенных" женщин! Правда, хороша она была очень, очень даже, - русская красота, так многими до страсти дюбимая.≫

<試訳>この人が、半時間ほど前に兄のイワンが口にした「猛獣」という怖ろしい女性なのだ。けれども彼の前に立っているのは、一見したところでは、ごく普通のありふれた人ではないかと思われた。つまり、善良でかわいらしい女性であり、仮に美しいとしても、他の多くの美しくて「普通の」女性達と変わりはなかったのだ!実際に、彼女はとても美しかった。多くの者に熱烈に愛されるロシア的な美人と言えるほどとても美しかったのだ。

近づいてきたグルーシェンカが先入観と違って善良そうな美しい女性であった意外性にアリョーシャと読者は驚きます。この後も、彼女の物腰や容貌や表情が魅力的に肯定的に詳しく描かれます。ドミートリィの言う「泥濘の裏小路」の女性を、作者は美しく描いて救いの役割を持たせようとしているのではないでしょうか。

お願いするとすぐにおいで下さったの2010-06-14

カテリーナは嬉しそうにグルーシェンカを紹介する

≪Катерина Ивагновно мигом усадила её в кресло против Алёши и с восторогом поцеловала её несколько раз в её смеющиеся губки. Она точно была влюблена в неё.
- Мы в первый раз видимся, Алексей Фёдорович, - проговорила она в упоении; - я захотела узнать её, увидать её, я хотела идти к ней, но она по первому желанию моему пришла сама.≫

<試訳>カテリーナ・イワーノブナはアリョーシャと向かい合わせの肘掛椅子にすぐに彼女を座らせて、感極まって何度か彼女のほほ笑んでいる唇に接吻した。まさしく彼女に夢中だった。
「私たち初めてお会いしますのよ、アレクセイ・フョードロビッチ」と、彼女は有頂天で話した。「私、この方を理解したかったの、お会いしたかったの。この方の所へ私がお訪ねしたかったところなの。でも、望み通りにこの方がすぐにご自身でおいで下さったんですのよ」

グルーシェンカの容姿や物腰や話し方などについて作者の詳しい説明が続いた後、いよいよこの場の3人のやりとりに入ります。カテリーナは喜々としてグルーシェンカをアリョーシャに紹介します。二人の女性の間で、先程まで話しがうまく進んでいたことを思わせます。カテリーナはアリョーシャに来訪するよう頼んだり、グルーシェンカとの話し合いを望んだりと、自分の思い通りに事を運びたいという、やや一人よがりなところを感じてしまいます。婚約者に裏切られようとしている彼女の苦しみと焦りに同情しますが。

親切な天使のように2010-06-15

グルーシェンカを褒めちぎるカテリーナ

≪Я так и знала, что мы с ней всё решим, всё! Так сердце предчувствовало... Меня упрашивали оставить этот шаг, но я предчувствовала исход и не ошиблась. Грушенька всё разъяснила мне , всё свои намерения; она как ангел добрый слетела сюдаи принесла покой и радость...≫

<試訳>「私分かったんですのよ、私達二人ですっかり解決するんだわ、全てのことですわ!そのような予感がしてましたもの・・・。このような振る舞いを思いとどまるように随分言われましたけど、成り行きを予感していましたし、間違ってませんでしたわ。グルーシェンカは私に全て説明して下さったのよ、ご自分の意向をすっかりですわ。この人は優しい天使のようにここに飛んでらして安らぎと歓びを運んでくれたんですもの・・・・。

嬉しさに感極まっているカテリーナの言葉が続きます。グルーシェンカとの間で折り合いがついた様子が読み取れます。グルーシェンカが意を汲んでくれて、どんなに協力的だったかを「親切な天使」と持ち上げてアリョーシャに説明しています。これで解決となるはずはありませんが・・・。

マトリョーシカ2010-06-16

ロシアの民芸品お土産の定番で、典型的なロシアの農婦のデザインです。大柄でたくましくおおらかな感じがこの人形の形にぴったりです。開けていくと次々に娘たちが現れて、最後は最前列の目鼻も描いていない白木の米粒ほどの赤ちゃんです。女系の大家族ですね。日本なら多産、豊穣の縁起物と言ったところでしょうか。歴史はそんなに古くはなく、日本の入れ子のダルマ、こけしなどがルーツだという説もあります。19世紀末から作られ、1900年のパリ万博で銅賞をとって評判になってから各地で作られるようになったそうです。カラマーゾフ兄弟の時代にはなかったわけです。今では、歴代大統領の似顔絵や動物など様々なデザインのものが作られています。開けてびっくり、並べてままごと、順序良くお片付けなど、子供が遊んでも楽しめます。長い間に陽に焼けたように色褪せてきますが、それがまた風合いを増します。

もう一度口づけしますわ2010-06-17

カテリーナとグルーシェンカの微妙なやりとり

≪- Не погнушались мной, милая, достойная барышня, - нараспев протянула Грушенька всё с тою же милою, радостною улыбкой.
- И не смейте говорить мне такие слова, обаятельница, волшебница! Вами-то гнушаться? Вот я нижнюю губку ещё раз поцелую.≫

<試訳>「私を見下したりなさらなかったですもの、ご親切な、ご立派なお嬢さんですわ」 相変わらず美しい、嬉しそうな微笑をたたえながら歌うように言葉を伸ばしてグルーシェンカが言った。
「そのような事をおっしゃらないで下さいな、魅力的な方、夢のように美しい方! あなたのような方を見下すなんてとんでもない。私、ほら、もう一度あなたの下唇に口づけしますわ」

カテリーナがグルーシェンカを褒めちぎりますが、心からと言うよりも演技じみた感じがあります。それに対してグルーシェンカは、笑みを浮かべながらも距離を置いています。相手は遍歴を重ねた街の女、自分は由緒ある婚約者、しかもホームグラウンドでとなれば状況はカテリーナが優位なのですが、やりとりで立場が微妙に変化していくのが分かります。二人の女性の描き分けの巧みさに引きこまれてしまいます。

あなたの優しさに値しませんわ2010-06-18

本心を表し始めるグルーシェンカ

≪- Алёша краснел и дрожал незаметною малою дрожью.
- Нежите вы меня, милая барышня, а я может и вовсё не стою ласки вашей.
- Не стоит! Она- то этого не стоит! - воскликнула опять с тем же жаром Катерина Ивановна,- ≫

<試訳>アリョーシャは顔を赤らめ、気付かぬほどわずかに身震いしていた。
「私をちやほやしていますわ、お嬢さん、でも私はあなたの優しさに全然値しないかも知れなくってよ」
「値しないですって! このような方が値しないだなんて!」 カテリーナ・イワーノブナがまたあの熱っぽさで叫んだ。

カテリーナはアリョーシャに話すという形で間接的にグルーシェンカの気持ちを誘ってきました。高揚して話し続けていたところ、ここでグルーシェンカが不気味な言い方で水を差します。アリョーシャが「震えていた」のは、二人の女性の本心を読み取り、険悪な成り行きを予感していたからでしょうか。アリョーシャが立ち会っていることで、彼女達は彼を陪審員のように意識しますし、また場面が立体化されてもいると思います。

舞い上がり過ぎじゃないかな2010-06-19

アリョーシャは気持ちを昂ぶらせるカテリーナに不安を感じる

≪"Может быть слишком уж много восторга", мелькнуло в голове у Алёши. Он покрасгнел. Сердце его было всё время как-то особенно неспокойно.≫

<試訳>”舞い上がり過ぎてるんじゃないかな”という思いがアリョーシャにふと浮かんだ。彼は彼を赤らめた。彼の心は、何かしらいつになく終始不安であった。

グルーシェンカが水を差したのですが、カテリーナの高揚は止まりません。彼女を盛んに褒めあげ、手を取って口づけします。アリョーシャはその興奮ぶりを心配しています。彼が顔を赤らめたのは、”困ったことにならなければ”との不安からなのか”そんなことを思っては”との慎みからなのでしょうか。

私は性悪で我儘なんですもの2010-06-20

少しずつ態度を変えるグルーシェンカ

≪- Да вы- то меня может тоже не так совсем понитмаете, милая барышня, я может гораздо дурнее того чем у вас на виду. Я сердцем дурная, я своевольная. Я Дмитрия Фёдровича бедного из-за насмешки одной тогда заполонила. ≫

<試訳>「そうかしら、あなたこそ同じように私を全然分かってらっしゃらないかも知れないわ、親愛なお嬢さん。私はあなたが見てらっしゃるよりはるかに酷い女かも知れなくってよ。私は性悪で我儘なんですのよ。私、ドミートリィ・フョードロビッチを哀れにも、あの時ちょっとしたからかいの気持ちで魅惑したんですもの。」

グルーシェンカがカテリーナに対して対抗する気持ちを顕にし始め、険悪な雰囲気が漂い出します。カテリーナはまだ真意が飲み込めずに戸惑います。ていねいな言葉で闘われる二人の女性の心理劇、立場が変していく展開に目が離せません。