ふと口にした2012-07-10

≪ Когда ещё до свету положили уготованное к погребению тело старца во гроб и вынесли его в первую, бывшую приемную комнату, то возник было между находившимися у гроба вопрос: надо ли отворить в комнате окно? Но вопрос сей, высказанный кем-то мимоходом и мельком, остался без ответа и почти незамеченным, - разве лишь заметили его, да и то про себя, некотовые из присутствующих лишь в том смысле, что ожидание тления и тлетворного духа от тела такого почившего есть сущая нелепость, достойная даже сожаления (если не усмешки), относительно малой веры и легклмыслия изрекшего вопрос сей. Ибо ждали совершенно противоположного.≫

<試訳> まだ未明のうちに、埋葬の準備の整った長老の遺体が棺に納められ、もと応接間だった入ってすぐの部屋に運ばれた時、棺に付き添う人々の間に、部屋の窓を開けなくていいだろうかという疑問が生じたのだった。けれども通りがかりの誰かがふと口にしたこの疑問には応答もなく、ほとんど気にも留められぬままだった。参列者の中の誰かが気に留めたとしたら、それは、亡き長老の遺体の腐敗や腐臭を予期する事など全くばかばかしく、そのような疑問を言う者の薄い信仰心と浅薄さは、嘲笑しないまでも同情に値する、という意味でだったに過ぎない。なぜならば人々は全く反対の事を期待していたのだから。

・ 遺体からの腐臭という当然の事実を巡る出来事が語り出されます。信仰とは無縁なはずの自然現象に関して、人々はそれに反し自分の願望や解釈を期待します。前回、作者が批判的に “ 不愉快極まりない ” と述べたのはこのような態度です。

コメント

_ 慎之介 ― 2012-07-11 10:22

判りにくい前回の事柄が少しわかりました。信仰とは、時に馬鹿馬鹿しいものと思えてなりません。

_ mir→慎之介さん ― 2012-07-11 11:54

信仰の力による愛、寛容、献身などの実践は敬服します。一方で、宗教の名のもとに愚かしい事、非科学的な事、残虐な事などがあったのも事実です。人間の強さと弱さを感じます。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
この小説が書かれた国の名をカタカナ3文字でご記入下さい。

コメント:

トラックバック