誰一人をも忘れない2020-02-11

 ≪Будем, во-первых, и прежде всего добры, потом честны, а потом - не будем никогда забывать друг о друге. Это я опять-таки повторяю. Я слово вам даю от себя, господа, что я ни одного из вас не забуду; каждое лицо, которое на меня теперь, сейчас, смотрит, припомню, хоть бы и через тридцать лет.≫

<試訳> まずは何よりも善良になりましょう、次に正直に、そして次に決してお互いに忘れないでいましょう。これを僕はもう一度繰り返して言います。皆さん、僕は君たち誰一人をも忘れないと約束しますよ。たとえ30年後であっても、今、この瞬間、僕を見つめている一人ひとりの顔を思い出します。

・ アリョーシャから少年達への心のこもった送別のメッセージです。彼自身の生き方の覚悟でもあるでしょう。若い世代が善き人々となって次代を担ってほしいという作者の希望が込められているようです。時代はそれを反映した文学を生み出すという当たり前のことを、あらためて実感します。

どうして忘れられるでしょう2020-02-12

 ≪Давеча вот Коля сказал Карташову, что мы будто бы не хотим знать "есть он или нет на свете?" Да разве я могу забыть, что Карташов есть на свете и что вот он не краснеет уж теперь как тогда, когда, Трою открыл, а смотрит на меня своими славными, добрыми, весёлыми глазками.≫

<試訳> 先ほど、ほらコーリャがカルタショフに言いましたね、“ 彼がこの世にいるかいないか ” など知りたくないかのような事を。でも僕がはたしてカルタショフがこの世にいたのを忘れられるでしょうか。ほら、トロイについて解明したあの時のようにはもう顔を赤らめもせずに、彼が僕を美しく善良で快活な目で見つめている事をどうして忘れられるでしょうか?

・ 相手を無視したようなコーリャの言い方をとらえ、一人ひとりが大切な存在だとアリョーシャは強調します。声を荒げて厳しく諭すのではなく、自分の気持を穏やかに語る方が心に響くと教えられます。コーリャにもきっと伝わるでしょう。

心の中にしまっておいて下さい2020-02-13

 ≪Господа, милые мои господа, будем все великодушны и смелы как Илюшечка, умны, смелый и великодушны как Коля (но который будет гораздо умнее, когда подрастёт), и будем такими же стыдливыими, но умненькими и милыми как Карташов. Да чего я говорю про них обоих: все вы, господа, милы мне отныне, всех вас заключу в моё сердче, а вас прошу заключить и меня в ваше сердце.≫

<試訳> 皆さん、僕の可愛い皆さん、僕達は皆、イリューシャのようにいつも寛容で勇敢になりましょう。コーリャのように賢く、もっとも、大人になればずっと賢明になるでしょうが、勇敢で寛容になりましょう。そして、カルタショフのようにとてもはにかみ屋で、それでいて利口で愛すべき人間になりましょう。でも僕はこの二人の事だけを言うのではありません。皆さん、君達みんながこれから僕にはかけがえないのです。僕は君達全員を心の中に納めますから、君達もどうか僕を心の中にしまっておいて下さいね。

・ 別れに際して切々ととしたアリョーシャの真情が胸に迫ります。大きな石に象徴されるイリューシャが、他の少年たちと一緒にアリョーシャを見つめているようです。清らかで美しい詩情が漂います。

良い思い出よ僕達の心に2020-02-14

 ≪Ну, а кто нас соединил в этом добрым хорошем чувстве, о котором мы теперь всегда, всю жизнь вспоминать будем и вспоминать намерены, кто как не Илюшечка, добрый мальчик, милый мальчик, дорогой для нас мальчик на веки-веков! Не забудем же его никогда, вечная ему и хорошая память в наших сердцах, отныне веки веков!≫

<試訳> それで、今やいつでも一生にわたって思い出すような、この素晴らしい親愛な感情に、いったい誰が僕達を結びつけたのでしょうか。善良な少年、愛すべき少年、僕達にとって永久にかけがえのない少年、イリューシャに他なりません! 彼を決して忘れずにいましょう、イリューシャよ永遠に、良い思い出よ僕達の心に、今後いつまでも!

・ アリョーシャの感情の昂りが感じられます。それはイリューシャへの心からの鎮魂となり、またその記憶は強く少年達の胸に刻まれます。愛する友の死を受け止めて、これからの生を考えさせる気高い実践だと思います。

そうだ、永遠に、永遠に2020-02-15

 ≪- Так, так, вечная, вечная, - прокричали все мальчики, своими звонкими голосами, с умилёнными лицами.
- Будем помнить и лицо его, и платье его, и бедненькие сапожки его, и гробик его, и несчастного грешного отца его, и о том, как он смело один восстал на весь классе за него!
- Будем, будем помнить! - прокричали опять мальчики, - он был храбрый, он был добрый!≫

<試訳> 「そうだ、そうだ、永遠に、永遠に」 少年達全員が感激に満ちた良く透る声で叫び声をあげた。「あいつの顔も覚えていようよ、服もみすぼらしい長靴も、そしてあいつの棺も、不幸な罪深いお父さんも、それから、お父さんのために一人で勇敢にクラス全員に対して立ち向かった事についても覚えておこう!
「きっと覚えていよう!」 再び少年達は大声で叫んだ。「イリューシャは勇敢だった、気立てのいい子だった!」

・ イリューシャを記憶にとどめようと語ったアリョーシャに応えて、少年達が共感の声をあげます。イリューシャの死の前後を通じて何と多くの事を学んだ事でしょう。カラマーゾフに関する多彩な事件と並行して、この少年達の姿が描かれた事で、小説の世界が厚みを増して広がり、時間軸も次へのつながりを予期させるものとなったように思います。

人生を恐れないでね2020-02-16

 ≪- Ах как я любил его! - воскликнул Коля.
- Ах, деточки, ах милые друзья, не бойтесь жизни! Как хороша жизнь, когда что-ниудь сделаешь хорошее и правдивое!
- Да, да, - восторженно повторили мальчики.
- Карамазов, мы вас любим! - воскликнул неудержимо один голос, кажется Карташова.
- Мы вас людим, мы вас любим, - подхватили и все. У многих сверкали на глазах слезинки.≫

<試訳> 「ああ、僕はあいつがとても好きだったんだ!」 コーリャが叫んだ。
「ああ、子供達、ああ、愛する親友達、人生を恐れないでね! 何か善い事、正しい事をするならば人生はとても素晴らしいですよ!」
「そうです、そうです」 感激して少年達が繰り返した。
「カラマーゾフさん、僕達はあなたが好きです!」 カルタショフだと思われる、抑えきれないような声が一つ飛んだ。
「僕達はあなたが好きです、あなたが好きです」 一同が唱和した。多くの少年達の目に涙が光っていた。

・ 皆の心がひとつになって感動に包まれます。わだかまりなく心を開いて真情を伝え合う清々しい光景です。大人の世界もこのようであったら…。

ウラー、カラマーゾフ!2020-02-17

≪- Ура Карамазову! - восторженно провозгласил Коля.
- И вечная память мёртвому мальчику! - с чувством прибавил опять Алёша.
- Вечная память! - подхватили снова мальчики.
- Карамазов! - крикнул Коля, - неужели и взаправду религия говорит, что мы все встанем из мёртвых и оживём, и увидим опять друг друга, и всех, и Илюшечку?≫

<試訳> 「ウラー、カラマーゾフ!」 コーリャが感激して唱えた。
「そして亡くなった少年に永遠の思い出を!」 思いを込めてアリョーシャが付け加えた。
「永遠の思い出を!」 また少年達が唱和した。
「カラマーゾフさん!」 コーリャが叫んだ。「僕達は誰もが死者の世界から立ち上がり甦ってお互いに再会する、皆と、そしてイリューシャとも会える、と宗教が言っているのは、果たして本当ですか?」

・ これまでアリョーシャは少年達に宗教的な事を一切言いませんでした。コーリャの質問にどのように答えるでしょう。
この物語は、彼と少年達の微笑ましい情景のうちに明日フィナーレを迎えます。
“ ウラー ( Ура! )” は歓喜や賞賛を表わす歓声ですが、突撃や勝鬨の熱狂時の発声でもあります。「万歳!」 と訳されますがちょっと違和感があり、コーリャの発した音としてそのまま残しました。

きっと皆が出会って愉快に楽しく語り合う ( 最終回 )2020-02-18

 ≪- Непременно восстанем, непременно увидим и весело, радостно расскажем друг другу все, что было, - полусмеясь, полу в восторге ответил Алёша.
- Ах как это будет хорошо! - вырвалось у Коли.
- Ну а теперь кончим речи и пойдёмте на его поминки. Не смущайтесь, что блины будем есть. Это ведь старинное, вечное, и тут есть хорошее, - засмеялся Алёша. - Ну пойдёмте же! Вот мы теперь и идём рука в руку.
- И вечно так, всю жизнь рука в руку! Ура Карамазову! - ещё раз восторженно прокричал Коля, и ещё раз все мальчики подхватили его восклицание.≫

<試訳> 「必ず甦りますよ、きっと皆が出会ってお互いに愉快に楽しく語り合うのです、以前のようにね」 半ば微笑み、半ば歓喜に包まれながらアリョーシャは答えた。
「ああ、そうなれば何て素晴らしいだろう!」 コーリャから思わず言葉が発せられた。
「さあ、これで話は終わりにして、イリューシャの追善供養に行きましょう。ブリヌイを食べるのをためらう事はありませんよ。これは古来からずっと続く習慣で、それは良いところでもあるんですからね」 アリョーシャは笑い出した。「さあ、行きましょう! こうして、さあ腕を組んで行くんです」
「ずっとそうしよう、生涯腕を組んで! ウラー、カラマーゾフ!」 感極まってもう一度コーリャが大声を発し、彼の叫び声に少年達全員がもう一度唱和するのだった。

・ 宗教的な心情で再生と再会を信じ、人生を肯定的に生きていけるなら大きな意味があると思います。それを確信しているアリョーシャだからこそ言えるのです。
“ ウラー、カラマーゾフ ” はアリョーシャに向けて発せられたのですが、私にとっては、この物語を通してカラマーゾフ家の人々に生起した全ての事柄にこだまして、いつまでも響き続けるようです。
少年達が将来に希望を抱き、友情を誓い合う爽やかな印象を刻んで拙い訳を終えます。

約十年に亘った試訳が終わりました。この間に社会でも私事でも忘れられない大きな事も起こり、それが訳した時と箇所と重なって思い出されます。作品の深さはとても汲み尽くせませんが、翻訳に苦労した日々は感慨深いです。考えさせられる問題がとても多く、作者の偉大さを思い知らされました。ロシア語の持つニュアンスと日本語との違いなど、学んだ事は数知れません。ますますロシア語とロシア文学への魅力を深めています。
このブログをご覧いただいた方々、コメントや写真を寄せていただいた方々、励まし支えてくれた方々、ご協力いただいた全ての方々に心から感謝いたします。ありがとうございました。
明日からはチェーホフの短編の試訳を予定しています。引き続きご覧いただければ嬉しいです。

結婚するつもりはなかったけれど2020-02-19

 ≪Антон Чехов О ЛЮБВИ

На другой день к завтраку подавали очень вкусные пирожки, раков и бараньи котлеты; и пока ели, приходил наверх повар Никанор спраситься, что гости желают к обеду. Это был человек среднего роста, с пухлым лицом и маленькими глазами, бритый, и казалось, что усы у него были не бриты, а выщипаны. Алёхин рассказал, что красивая Пелагея была влюблена в этого повара. Так как он был пьяница и буйного нравая, то она не хотела за него замуж, но соглашалась жить так.≫

<試訳> アントン・チェーホフ  『 恋について 』

次の日、朝食にとても美味しいピロシキとザリガニと羊のカツレツが出た。それを食べている間に料理人のニカノールが二階にやって来て、お客様は昼食に何をお望みですかと尋ねた。中背でふっくらした顔に小さな目の男で、髭は剃ってはいるが、その口髭は剃ったというより、むしり取ったように見えた。アリョーヒンは,、美しいペラゲーヤがこの料理人に惚れ込んだ事を話した。この男が飲ん兵衛だし気性が激しいので、彼女は結婚するつもりはなかったけれど、このように暮らすのには同意していた。

・ これまで10年越しで「カラマーゾフの兄弟」に取り組んできました。ドストエフスキー特有の重層的な物語の進行と情熱的な文体、人物の際立った個性、深く重いテーマに接する日々でした。今は永い航海を終えたような感じがしています。お付き合いいただいた皆さんに感謝します。静かな入江で小休止、また新たな気持ちでブログを続けますので、よろしくお願いします。
選んだのはチェーホフのこの恋物語です。場所はアリョーヒンの邸の二階、雨に降られて立寄った客人二人と食事しながら彼が語る “ 恋について ”。淡々とした独白が続く哀歓のある短編で、これまでと違った趣です。気分を変えてチェーホフの世界をお楽しみください。

恋についての話となった2020-02-20

 ≪Он же был очень набожен, и религиозные убеждения не позволяли ему жить так; он требовал, чтобы она шла за него, и иначе не хотел, и бранил её, когда бывал пьян, и даже бил. Когда он бывал пьян, она пряталась наверху и рыдала, и тогда Алёхин и прислуга не уходили из дому, чтобы защитить её в случае надобности. Стали говорить о любви.≫

<試訳> ニカノールはとても信心深かったので、宗教的な信念がこのような生活を続けるのを許さなかった。彼は彼女が結婚する事を、そしてそれ以外の暮らし方は望まないと迫り、罵り、しょっちゅう酔っ払っては手をあげさえした。彼が酔っぱらうと、彼女は二階に隠れて泣くのだった。そんな時アリョーヒンや小間使いは、必要な場合に彼女を守るため家を出なかった。そこで恋についての話となった。

・ ペラゲーヤがなぜこのようなニカノールを好きなのか、なぜ別れないのか、それは本人にも説明できない特別な感情かも知れません。この話を糸口に恋愛談義が始まるのです。
チェーホフは1860年生まれで1904年に44才で没しています。モスクワ大学医学部の学生時代から生活費を得るためにユーモア短編を雑誌に投稿していて、卒業後は医師と作家を兼ね、やがて本格的な作家となります。