よほど欲しかったのです2025-02-01

 ≪мне Лизавета, торговка, воротнички и нарукавнички дешёво принесла, хорошенькие, новенькие и с узором. А Катерине Ивановне очень понравились, она надела и в зеркало посмотрела на себя, и очень, очень ей понравились: "подари мне, говорит, их, Соня, пожалуйста". Пожалуйста попросила, и уж так ей хотелось.≫

<試訳> 「リザベータが私に襟とカフスを安く持ってきてくれたんです。とても素敵で、新しくて、模様入りでした。ところがカテリーナがそれをすごく気に入って、身に着けて鏡に姿を映して、それはそれは気に入ってしまいました。“ これを私に頂戴、ソーニャ、お願いだから ” と言うんですの。お願いだから、と頼むのですから、よほど欲しかったのです」

・ ソーニャは自分の気に入った品を、嬉しさを分かち合おうと義母に見せに来たのですが、子供のようにそれをねだられて困惑します。ラスコーリニコフは、金貸しの老婆を殺したところに現れたリザベータを手にかけました。そのリザベータの名を聞いてドキリとしたでしょう。彼女がソーニャと知り合いだと初めて気づいたはずです。

この時は、欲しいとねだった2025-02-02

 ≪А куда ей надевать! Так: прежднее, счастливое время только вспомнилось! Смотрится на себя в зеркало, любуется, и никаких-то, никаких-то у ней платьев нет, никаких-то вещей, вот уж сколько лет! И ничего-то она никогда ни у кого не поросит; гордая, сама скорей отдаст последнее, а тут вот попросила, - так уж ей понравились! А я и отдать пожалела, "на что вам, говорю, Катерина Ивановна?"≫

<試訳> 「あの人はどこに襟を付けるんでしょう! 以前の幸せだった頃を思い出しただけなんです! 鏡の中の自分を見て、うっとりしたんですが、あの人は衣装なんて何一つ持っていないのよ、装身具なんて何もないんですもの、もう何年も前から! それでも、人に物をねだった事など一度だってありません。気位が高いので、なけなしの物でも自分の方から与えてしまう性分の人なの。それが、この時は、欲しいとねだったんですから、よほど気に入ったんですわ!それなのに私はあげるのが惜しくて、“ あなたにあげて、どうするの、お義母さん?” と言ったんです」

・ ソーニャは、衣装がないカテリーナに襟やカフスは必要ない、と正直に答えました。今となって、もとの性格が変わってしまったカテリーナを理解できなかった後悔を、ラスコーリニコフに語ります。

言葉を全部言い直せたなら2025-02-03

 ≪Так и сказала, "на что". Уж этого-то не надо было бы ей говорить! Она так на меня посмотрела, и так ей тяжело-тяжело стало, что я отказала, и так это было жалко смотреть... И не за воротнички тяжело, а за то, что я отказала, я видела. Ах, так бы, кажется, теперь всё воротила, всё переделала, всё эти прежние слова... Ох, я... да что !.. вам ведь всё равно!≫

<試訳> 「こう言ったんです、“ どうするのよ ” って。こんな事をお義母さんに言ってはいけなかったんだわ! あの人は私をまじまじと見て、私が断わったのがどれほど辛く悲しかったか、気の毒で見ていられませんでした…。襟が惜しくて辛いのではなく、私に断わられたのが辛かったんだと、すぐ分りました。ああ、今からでも全部もとに引き戻してやり直せたら、言葉を全部言い直せたならと思います…。 あっ、私…何を言ってるんでしょう! あなたにはどうでもいい事ですのに!」

・ ソーニャは悔恨の念を語り続けていて、それがラスコーリニコフには無縁の事だと気づきます。けれども、 “ 今からでも全部もとに引き戻してやり直せたら ” という気持は彼に無縁どころではありません。言ってしまった後悔、言うべき事を言わなかった後悔… 彼女のような思いに駆られた事のない人はいるでしょうか。

永くはないでしょう2025-02-04

 ≪- Эту Лизавету торговку вы знали?
- Да... А вы разве знали? - с некоторым удивлением переспросила Соня.
- Катерина Ивановвна чахотке, в злой; она скоро умрёт, - сказал Раскольников, помолчав и не ответив на вопрос.
- Ох, нет, нет, нет! - И Соня бессознательным жестом схватила его за обе руки, как бы упрашивая, чтобы нет.≫

<試訳> 「その古着商のリザベータを、あなたは知っているんですか?」
「ええ…。じゃあ あなたもご存じなのですか?」 ソーニャが少し驚いたように問い返した。
「カテリーナさんは肺病で、ひどい状態ですね。永くはないでしょう」 ラスコーリニコフはしばらく無言で、質問に答えずにそう言った。
「ああ、違います、違います、そんな!」 そしてソーニャはそうでない事を懇願するように、無意識に彼の両手にしがみついた。

・ ソーニャの問いに対して、彼には無言しかありません。話題をカテリーナの病状に変えると、ソーニャは激しく否定します。けれども彼女がそれを感じていないはずはなく、認めたくない事実です。

子供達をどこに連れて行く2025-02-05

 ≪- Да ведь это ж лучше, коль умрёт.
- Нет, не лучше, нелучше, совсем не лучше! - испуганно и безотчетно повторяла она.
- А дети-то? Куда ж вы тогда возьмёте их, коль не к вам?
- Ох. уж не знаю! - вскрикнула Соня почти в отчаянии и схватилась за голову. Видно было, что эта мысль уж много-много раз в ней самой мелькала, и он только вспугнул опять эту мысль.≫

<試訳> 「でも、その方がましじゃありませんか、亡くなられたとしても」
「とんでもない、ましなものですか、ましじゃありません、全然ましじゃありませんわ!」 驚いて、彼女は無意識に繰り返した。
「それで、子供達は? そうなった時、あなたが引き取れなかったら、子供達をどこに連れて行くんですか?」
「ああ、分りませんわ」 ソーニャは絶望し切って叫び、頭を抱えた。この考えが、何度となく彼女に浮かんだもので、その考えを彼がまた突き出しただけなのは明らかだった。

・ カテリーナの死後の子供達の扱いを問われても、ソーニャに方策はありません。最初の緊張感が薄れて、二人は率直に言葉を交わし合っています。それにしてもラスコーリニコフの彼女への質問は残酷すぎます。

もしあなたが病院へ運ばれたら2025-02-06

 ≪- Ну а коль вы, ещё при Катерине Ивановне, теперь, заболеете и вас в больницу свезут, ну что тогда будет? - безжалостно настаивал он.
- Ах, что вы,что вы! Этого-то уж не может быть! - и лицо Сони искривилось страшным испугом.≫

<試訳> 「では、カテリーナさんがまだ生きている間に、もしあなたが今、病気をうつされて病院へ運ばれたら、さあ、その時はどうなさるんです?」 容赦なく彼は問い詰めた。 「ああ、何んて事をおっしゃるの、何て事を! そんな事、あるはずがありません!」 そう言うソーニャの顔は恐ろしいほどに歪んだ。

・ ソーニャが否定したい気持は分りますが、実際にありうる事です。問い詰めるラスコーリニコフが解決策をもっているとも思えません。袋小路のソーニャの苦悩ははかり知れません。

そうなると子供達は2025-02-07

 ≪- Как не может быть? - продолжал Раскольников с жесткой усмешкой, - не застрахованы же вы? Тогда что с ними станется? На улицу всею гурьбой пойдут, она будет кашлять и просить, и об стену где-нибудь головой стучать, как сегодня, а дети плакать... А там упадёт, в часть свезут, в больницу, умрёт, а дети...≫

<試訳> 「どうしてあり得ないんですか?」 ラスコーリニコフはこわばった笑いを浮かべて続けた。「あなたに保険がかかっているわけじゃないでしょう? それで、あの人達はどうなります? 親子揃って往来へ物乞いに出る。カテリーナさんは咳き込みながら施しを求める。そして、今日のようにどこかの壁に頭を打ちつけ、子供達は泣きわめく…。やがて倒れて、警察に運ばれ、病院に送られて死ぬんです、そうなると子供達は…」

・ ソーニャに向かって、ラスコーリニコフはカテリーナと子供達に迫っている状況を、非情なまでに畳みかけます。子供達の行く末を強く気にしているのですが、それをソーニャに問い詰めるのは可哀そうです。
「カラマーゾフの兄弟」 の作中でイワンが、「…僕は大人の苦痛のことは言わない。大人は禁制の木の実を食ったんだから、どうとも勝手にするがいい。みんな悪魔の餌食になったって構やしない。僕が言うのはただ子供だ、子供だけだ!…」 と虐げられた子供達への救いを願って叫びます。大人はともかく、子供達には可哀そうな思いをさせたくない、という作者の強い願いが表れています。

言葉にならない哀願で両手を合わせ2025-02-08

 ≪- Ох, нет!.. Бог этого не попустит! - вырвалось наконец из стеснённой груди у Сони. Она слушала, с мольбой смотря на него и складывая в немой просьбе руки, точно от него всё и зависело.
Раскольников встал и начал ходить по комнате. Прошло с минуту. Соня стояла, опустив руки и голову, в страшной тоске.≫

<試訳> 「おお、違います! 神様はそんな事、お許しになりませんわ!」 締め付けられるようなソーニャの胸の内から、やっと言葉がほとばしり出た。彼女は、まるでいっさいが彼にかかっているかのように、祈るように見つめ、言葉にならない哀願で両手を合わせながら聞き入っていた。
ラスコーリニコフは立ち上がって部屋の中を歩き出した。1分ほど経過した。ソーニャは、恐ろしいほどの苦悩に両手を下げ、首をうなだれて立ちすくんでいた。

・ 今でさえ悲惨な状況にある義母とその子供達のために、ソーニャは重い荷を課せられています。言われるまでもなく、やがて来るさらに苦しい状況をいつも思い悩んでいるはずで、あらためて言葉にされるのは生傷に触られるような痛みでしょう。

「貯蓄は無理でしょうか2025-02-09

 ≪- А копить неьзя? На чёрный день откладывать? - спросил он, вдруг останавливаясь перед ней.
- Нет, - прошептала Соня.
- разумеется, нет! А пробовали? - прибавил он чуть не с насмешкой.
- Пробовала.
- И сорвалось! Ну, да разумеется! Что и спрашивать!
И опять он пошёл по комнате. Ещё прошло с минуту.≫

<試訳> 「貯蓄は無理でしょうか? 苦しい時のために備えて?」 突然ソーニャのまえに立ち止まって、ラスコーリニコフが尋ねた。
「だめですわ」 ソーニャがか細く言った。
「無理なのは当然です!でもやってみましたか?」 彼は嘲りににた口調で付け加えた。
「やってはみました」
「そして失敗したんですね! それはそうでしょう! 聞くまでもない事です!」
再び彼は部屋の中を歩き出した。また1分ほどが過ぎた。

・ ラスコーリニコフは、自身が経済観念に乏しく、貯蓄などと口にするのも憚られるはずなのに、辛く悲しい思いをしながらやっと義母の家族を支えているソーニャに現実味のない酷な質問をします。

神様がそんな恐ろしい事をお許しになりません2025-02-10

 ≪- Не каждый день получаете-то?
Соня больше прежнего смутилась, и краска ударила ей опять в лицо.
- Нет, - прошептала она с мучительным усилием.
- С Полечкой, наверно, то же самое будет, - сказал он вдруг.
- Нет! нет! Не может быть, нет! - как отчаянная, громко вскрикнула Соня, как будто её вдруг ножом ранили, - Бог, бог такого ужаса не допустит!..≫

<試訳> 「毎日金が入るわけじゃないのでしょう?」
ソーニャはさっきよりもっとどぎまぎして、顔をさっと赤らめた。
「ええ」 彼女がやっとの思いで苦し気に囁くように答えた。
「ポーレンカも、きっと同じような道を辿りますよ」 不意に彼は言った、
「いいえ!違います! そんな事、あり得ませんわ!」 ソーニャが、まるで突然ナイフで傷つけられた様に、必死の思いで声を張り上げて叫んだ。「神様が、神様がそんな恐ろしい事をお許しになりません!…」

・ 可愛い義妹のポーレンカが自分と同じ道に、つまり娼婦になるなど、ソーニャにとって考えるだけで身を切られる思いでしょう。それを打ち消そうと、神にすがる彼女の悲愴な声が聞こえるようです。ラスコーリニコフがこれほど彼女を追い詰めて悲しませるのはなぜなのか分かりません。