チェーホフとドストエフスキー2010-02-02

チェーホフの「桜の園」の古い舞台写真(広報記事)です。ノボシビルスクの青年劇場「地球儀」とあります。
1月29日はチェーホフ生誕150年の日でした。ロシアのゆかりの各地で記念行事が催されたそうです。ドストエフスキーが40才ほど先輩ということになります。生き方も作風も異なりますが、ドストエフスキーがシベリアの流刑体験の後、「死の家の記録」を著し、チェーホフが当時の劣悪な流刑地だったサハリンへの困難な旅行の後に「サハリン島」を著したことに重なるところがあります。味わいの違うこの二人の19世紀ロシア小説家の作品を読めることの幸運を感じます。

スメルジャコフの誕生2010-02-03

白痴の娘リザヴェータ・スメルジャーシチャヤが塀を乗り越え、フョードルの邸内の風呂場で赤ん坊を産み落として息を引き取る。

≪Ребёночка спасали, а Лизавета к рассвету померла. Григорий взял младенца, принёс в дом, посадил жену и положил его к ней на колени, к самой её груди: "Божье дитя-сирота всем родня, а нам с тобой подавно. ≫

<試訳> 赤ん坊は助けられたが、リザベータは明け方死んだ。グリゴーリィは赤ん坊を抱いて家に連れ帰り、妻を座らせ膝の上に、まさに彼女の胸につけるように赤ん坊を載せた。「神のみなし児は皆の縁者だが、ましてやお前とわしにとってはな」

謎に包まれたリザベータの妊娠と出産の経緯が書かれています。グリゴーリィが自分の子供を亡くした日の、まさにその夜中の出来事です。
成長して特異な個性を持つスメルジャコフは、まさしくカラマーゾフ家の一員のようです。

カテリーナを恐れるアリョーシャ2010-02-05

招きの手紙を受けて、気が重いながらアリョーシャはカテリーナのもとに向かう。

≪Образ её вспоминался ему, как красивой, гордой и властной девушки. Но не красотоа её мучила его, а что-то другое. Вот именно эта необъяснимость его страха и усиливала в нём теперь этот страх. ≫

<試訳> 彼女の様子を、美しく高慢で高圧的な娘として、彼は思い浮かべた。けれども彼の心を騒がせたのは彼女の美貌ではなく、何か他のものだった。まさにこの彼の怖れを説明し難いことが、今、彼の恐怖をつのらせているのだった。

カテリーナに対するアリョーシャの言い難い怖れを、作者は強く表現しています。あまり他の人に対して否定的な感情を持たないアリョーシャにしてはめずらしいです。このすぐ前に「初めて会った時から彼女が怖かった」とあります。これは彼の感情を描いたというよりも、彼女とドミートリィ、イワン、グルーシェンカとのかかわりで、彼女がやがて果たすストーリー展開への布石の形象の意味が大きいように考えます。作者の女性観も垣間見え興味を感じます。

惚れるってことは・・・2010-02-07

ドミートリィはアリョーシャに自分の感情や考えを情熱的に語る。

≪Но влюбиться не значит любить. Влюбиться можно и ненавидя. Запомни! Теперь пока весело говорю!≫

<試訳> だけど惚れるってことは愛するって意味じゃないんだ。惚れるっていうのは憎みながらだってできるんだ。覚えておくんだよ! さあ、しばらく愉快に話そう!

カテリーナの家と父の家に向かう途中のアリョーシャをドミートリィが呼び止めて胸の内を語り出します。詩を朗誦したり、人間の心や二人の女性について論じたりと、古典劇の役者のようです。アリョーシャはただ一人の観客のように聞き役です。ドミートリィのこの場面での激白が、大金をめぐるカテリーナとのいきさつと、彼自身を破滅に追いやる発端を明らかにしています。また、次々に登場人物のもとを訪れるアリョーシャがストーリィをつなぐ役回りであることが分かります。

ウォッカ瓶2010-02-08

ウォッカが入っていた瓶です。色彩がいかにもロシア的で美しく、飾っておきたくなります。

お前にだけは全てを話す2010-02-09

アリョーシャへのドミートリィの激白が続く

≪Потому что тебе одному все скажу, потому что нужно, потому что ты нужен, потому что завтра лечу с облаков, потому что завтра жизнь кончится и начнётся. ≫

<試訳> お前にだけは全てを話すためさ、そうしなけりゃならないんだ、お前はそれが必要なんだし、明日、俺は雲から飛び降りるんだからな、明日、人生が終わって、また始まるんだからな。

ドミートリィは抑えきれない感情を溢れ出る言葉にします。ここでも "потому что..." 「なぜなら」を全部の文頭につけてたたみかけるように話しています。酔ってもいますが、弟のアリョーシャだけに全てを告白する彼の姿は、まるで教会で懺悔しているかのようです。

地上の天使に話さなければ2010-02-11

ドミートリィの激白が続く

≪Слушай, Алёша, слушай, брат. Тепепь намерен уже все говорить. Ибо хоть кому-нибудь надо же сказать. Ангелу в небе я уже сказал, но надо сказать и ангелу на земле. Ты ангел на земле. Ты выслушаешь , ты рассудишь и ты простишь... А мне того и надо, чтобы меня кто-нибудь высший простил.≫

<試訳> 聞いてくれアリョーシャ、聞いてくれ弟よ。今はもう全部喋るつもりなんだ。誰かに話さなけりゃならないんだ。天上の天使に俺はもう話したんだが、地上の天使にも話してしまわないとな。お前は地上の天使なんだ。すっかり聞いて判断してそして赦してくれ・・・。俺にとっては、誰か気高い人に赦してもらうことが必要なんだ。

ドミートリィはアリョーシャを「地上の天使・・・気高い人・・・」と言い、さらに赦しまで求めるのです。イワンもカテリーナもグルーシェンカもフョードルもアリョーシャに真情を吐露する場面があります。アリョーシャは読者に代わってそれぞれの人間の心の内を聞き、物語を紡いでいることに気付きます。ゾシマ長老が彼に遺した言葉が思い起こされます。

感極まるドミートリィ2010-02-13

シラーの詩を朗誦した後、ドミートリィは感極まって涙を流す

≪Рыданя вырвались вдруг из груди Мити. Он схватил Алёшу за руку. -Друг, друг, в унижении и теперь. Страшно много человеку на земле терпеть, страшно много ему бед! ≫

<試訳> 突然ミーチャの胸の内からの感涙がほとばしり出た。彼はアリョーシャの手を取った。ああ、アリョーシャ、今もって屈辱、屈辱の中なんだ。この世で人間は恐ろしいほど多くのことを耐え忍ぶんだ、恐ろしいほど多くの苦難があるんだ。

ドミートリィの多感で激しやすい性格が表現されます。放蕩な生活をしながらも自責の念に苦しんでいます。財産やグルーシェンカをめぐる父親との争い、カテリーナ、イワンとの葛藤など「多くの苦難」に取り巻かれていますが、直情、直行の彼の姿に愛すべきものを感じてしまいます。

悩むドミートリィ2010-02-15

ドミートリィは心の内をアリョーシャに話し続ける

≪Я иду и не знаю в вонь ли я попал и позор или в свет и радость.≫

<試訳> 僕は歩んでいるけど、悪臭と恥辱の中に落ち込んだのか、それとも光と歓びの中に入ったのか分からないんだ。

ドミートリィが話すほどに、彼の孤独と焦燥と苦しみが伝わってきます。平常ではない精神の状態で、何か事を起こしかねないという予感を抱かせます。

評論集2010-02-16

「21世紀ドストエフスキーがやってくる」集英社2007年刊
古今のドストエフスキーに関する書は、どれほど多くあるかわかりません。この本には45人の方々が評論や対談などで熱い思いを語っています。それぞれに「私とドストエフスキー」の出会いと、関わりかたがあるものだなあと感じます。それだけ彼は今世紀においても影響力を持っているのでしょう。