なにか大いなる事を期待する2010-08-01

人々は長老の死に際して何かが起こるのではと思う

≪Все ожидали чего-то немедленного и великого тотчас по успении старца. Ожидание это с одной точки зрения было почти как бы и легкомысленное, но даже и самые строгие старцы подвергалась сему.≫

<試訳>皆がゾシマ長老の死の後には、何かしらすぐに大いなる事が起こることを期待した。この期待はある見方からするとほとんど思慮の浅いものではあったが、最も厳格な長老たちでさえこのことにとらわれていた。

有徳なゾシマ長老の存在が大きいだけに何か奇跡的な事柄が起こるのではないか、起こって欲しいという期待でしょうか。この時代、そして修道院の宗教的雰囲気の中であればこそだと思います。

ポット2010-08-02

グジェリ風の小さなポットで、醤油さしにちょうどいいぐらいです。大き目の物を使うことの多いお国柄ですからこれは土産用でしょうか。白地に藍色が鮮やかです。

かならず行くのだよ2010-08-04

約束の人達に会いに行くよう諭すゾシマ長老

≪Старец, раскрыв утомлённые очи и пристально глянув на Алёщу, вдруг спросил его: - Ждут ли тебя твои, сынок?
Алёша замялся.
- Не имеют ли нужды в тебе? Обещал ли кому вчера на сегодня быти?
- Обещался... отцу... братьям... другим тоже...
- Видишь. Непременно иди. Не печалься. Знай, что не умру без того, чтобы не сказать при тебе последнее моё слово.≫

<試訳>長老は疲れ切った眼を開けアリョーシャをじっと見つめ、急に尋ねた。
「お前を身内が待っておるのじゃろう」  アリョーシャは言葉につまった。
「皆がお前に用があるのじゃないかね。きのう誰かに今日の約束をしただろうが」
「約束しました・・・ 父に・・・ 兄達に・・・ 他の人たちにも・・・」
「そうだろう。かならず行くのだよ。悲しむんじゃないぞ。この世の最後の言葉をお前に話すまでわしは死なずにおるからな」

衰弱しきった長老がアリョーシャに会いたいと望み、彼が急いで駆けつけた時の会話です。約束はあるけれど今日はずっと長老の傍にいようと決めていた彼ですが、長老は見透かしていて、彼らの所へ必ず行くようにと諭すのです。困難を抱えている人達にアリョーシャが必要な存在であること、そこに彼の役割があることを示しています。戒律や教義よりも実践的な愛を尊ぶ長老の教えです。

彼の心を感激で震わせた2010-08-05

長老の言葉に従うアリョーシャ

≪Алёша немедленно покорился, хотя и тяжело ему было уходить. Но обещание слышать последнее слово его на земле и, главное, как бы ему Алёше завещанное, потрясло его душу вострогом. Он заспешил, чтоб, окончив всё в городе, поскорей воротиться.≫

<試訳>出て行くのは辛かったが、アリョーシャはすぐに言う通りにした。しかし、何と言っても、アリョーシャ自身への遺言として長老のこの世の最後の言葉を聞かせるという約束が彼の心を感激で震わせた。街での用件を全て済ませ、なるべく早く戻ろうと彼は急ぎ出した。

長老の言葉に促されてアリョーシャが約束を果たしに出かけます。皆が彼と会うことを望んでいるのです。それぞれに簡単に片付くとも思われない困難を抱えているのですが、世俗にまみれていない彼の存在に精神的な拠り所を求めているようです。

さあ、行きなさい、よるべなき子よ2010-08-06

パイーシィ神父がアリョーシャに語りかける

 ≪Запомни сие особенно, юный, ибо в мир назначаешься отходящим старцем твоим. Может, вспоминая сей день великий, не забудешь и слов моих, ради сердечно тебе напутствия данных, ибо млад еси, а соблазны в мире тяжёлые и не твоим силам вынести их. Ну теперь втупай, сирота.≫

<試訳>「このことを特に覚えておくのだよ、みまかろうとしているお前の好きな長老が俗界で働くよう定めたのだからな。きっとこの大いなる日を思い出す時は、お前への心からの励ましと送った私の言葉も忘れずにいることだよ。若いからな、俗世間の誘惑は苛酷でお前の力で耐えられんこともあるぞ。さあ、もう行きなさい、よるべなき子よ」

 僧院を出ようとしたアリョーシャにパイーシイ神父がキリスト教に関する確信に満ちた教えを語りはなむけとします。そして、長老の逝去の日を思い出すことで、その教えも忘れずにと見送ります。前途の試練に向かおうとしているアリョーシャにはどんなに心強く、感慨深かったことでしょう。

新たな指導者に出会う2010-08-07

長老が神父に後見を委ねたのではと思い至るアリョーシャ

≪Входя из монастыря и обдумывая всё эти внезапные слова, Алёша вдруг понял, что в этом строгом и суровом доселе к нему монахе он встречает теперь нового неожиданного друга и горячо любящего его нового руководителя, - точно как бы старец Зосима завещал ему его умирая. "А может быть так оно м впрямь между ними произшло", полумал вдруг Алёша.≫

<試訳>修道院から出ながら、予期しなかった言葉の端々を思い返して、アリョーシャはこれまで彼に対して厳しく容赦なかったこの修道士の中に、今や思ってもいなかった新たな友と彼を熱く愛してくれる新たな指導者を見つけたのだと突然気付いた。それはまさしくゾシマ長老が臨終に際して彼に後見を委ねたかのようだった。『もしかしたらあの人達の間でそれは実際にあった事かも知れないな』と、ふとアリョーシャは思うのだった。

パイーシィ神父に見送られたアリョーシャが、彼の言葉を反芻して新たな心のよりどころを見つけるのです。彼にとって精神的な支えであった敬愛するゾシマ長老が去ろうとしている今、彼が孤立無援ではないことを知って読者としては少し安堵します。でも、彼の赴くところは僧院の外、彼の歩みと共に物語は進行します。

お前がすぐやって来ることは分かってた2010-08-08

アリョーシャはまず父を訪ねる

≪- Кофе холодный, - крикнул он резко, - не потчую. Я, брат, сам сегодня на одной постной ухе сижу и никого не приглашаю. Зачем пожаловал?
- Узнать о вашем здоровье, - проговорил Алёша.
- Да. И кроме того я тебе вчера сам велел придти. Вздор всё это. Напрасно изволил потревожиться. Я так впрочем и знал, что ты тотчас притащишься...≫

<試訳>「コーヒーは冷えとる」 と、彼はつっけんどんに怒鳴った。「もてなさんぞ。わしだって今日は精進の魚スープだけで過ごしとるんじゃから誰も招かん。どうしてお出ましかね」
「体調をお伺いにです」 アリョーシャが言った。
「そうか。それにわしも昨日来るように言いつけたしな。ばかばかしいことだ。無駄な心配をかけたな。もっとも、わしはおまえがすぐやって来ることは分かってたがな」

真っ先に見舞ったアリョーシャに対する父の態度は冷やかです。昨日はここに来るように、しかも意味あり気にイワンに気付かれぬようにそっと入って来いと命じていたのにこの有様です。ドミートリィに殴られた彼の顔には出血やあざや腫れが一夜明けても残っていて、気分がすぐれないせいもあるのでしょうが、アリョーシャの気遣う真意が通じてほしいものです。

許嫁を必死で奪うのさ2010-08-09

イワンについて語り始めるフョードル

≪- Ну что там у тебя? Что твой старец?
- Ему очень худо, он может быть сегодня умрёт, - ответил Алёша, но отец даже и не расслышал, да и вопрос свой тотчас забыл.
- Иван ушёл, - сказал он вдруг. - Он у Митьки изо всех сил невесту его отбавает, для того здесь и живёт, - прибавил он злобно и, скривив рот, посмотрел Алёшу.

<試訳>「あっちのお前の方はどうだ。長老はどうかね」
「あの方の具合ははとても悪いんです。今日中に亡くなられるかも知れないのです」、とアリョーシャは答えたが、父は聞いてさえいなかったし、自分の問いかけたこともすぐに忘れたのだった。
「イワンは出かけたぞ」、ふいに彼が言った。「あいつはミーチャの許嫁を必死で奪うのさ、それでもってここに住んでやがる」、憎々しげに言って口を歪めアリョーシャを見やった。

アリョーシャの話も聞かずにフョードルはイワンの話を始めます。彼は自分を嫌っているイワンがどうしてこの家にやってきたかという疑問を以前から抱いているのです。ここでは、ドミートリィの婚約者であるカテリーナを横取りするためだろうと推測しています。アリョーシャを相手にこの疑念をぶつけようと呼んだのかも知れません。「イワンに知られないようにそっと入って来い」と念を押していたことと結びつきます。我が息子達に怖れや疑いを抱く不幸な父親像です。

トンボとアリ2010-08-10

19世紀ロシアにクルィロフという作家・寓話作家がいます。イソップやラ・フォンテーヌから題材をとった203編の寓話で有名です。貴族社会の腐敗を風刺して発禁になったり、反政府と見られて執筆活動を中止したりしています。イソップからの翻案は似てはいるのですが、登場する動物たちがロシア的に変えられているようです。「アリとキリギリス」はこの絵本のように「トンボとアリ」になっています。

密かにわしを殺そうと2010-08-11

イワンの真意を憶測するフョードル

≪- Незарезать же меня тайкой и он приехал сюда? Для чего-нибудь да приехал же?
- Что вы! Чего вы это так говорите? - смутился ужасно Алёша.
- Денег он не прсит, правда, а всё же от меня ни шиша не получит. ≫

<試訳>「密かにわしを殺そうとここにやってきたんじゃないかね。いったいどんな魂胆でやってきたもんか」
「そんなこと!何ということをおっしゃるんですか」、アリョーシャはひどく当惑した。
「あいつが金をせびらんのは確かだ、まあしかし、わしから一銭だって取れっこないがな」

「父帰る」のテーマの物語はいくつかありますが、これはその逆です。フョードルは長く離れていた息子達が急に現れた真意を測りかねて猜疑心を膨らませ、しかも殺意をさえ感じてしまうのは自分自身にもやましさがあるからでしょう。ドミートリィだけでなくイワンまでを疑っていることを父から明かされてアリョーシャは驚きます。ミステリー小説として見れば、殺意を持つのはドミートリィだけではないという提示です。