目覚めた瞬間だけを覚えている ― 2019-07-11
≪Наутро спящий встает и жалуется, что кто-то всю ночь стонал и его беспрерывно будил. Но непременно так и должно ему показаться; промежутки сна, по два часа каждый, он проспал и не помнит, а запомнил лишь минуты своего пробуждения, вот ему и кажется, что его будили всю ночь. ≫
＜試訳＞ 翌朝眠っていたこの人が起きると、誰かが一晩中呻いていたので眠る暇がなかったとこぼすのです。けれども、きっとその人にとってはそう思われるはずです。寝ている２時間毎のその間はぐっすり眠り込んでいて記憶がなく、目覚めた瞬間だけを覚えているので、夜通し起こされている気がするのです。
・ スメルジャコフが夜通し呻いていたと言うマルファの証言に対する反論です。弁護士の論理によるとスメルジャコフは気づかれずに行動できる可能性があります。完全だと思われたアリバイが崩れるのです。
＜試訳＞ 翌朝眠っていたこの人が起きると、誰かが一晩中呻いていたので眠る暇がなかったとこぼすのです。けれども、きっとその人にとってはそう思われるはずです。寝ている２時間毎のその間はぐっすり眠り込んでいて記憶がなく、目覚めた瞬間だけを覚えているので、夜通し起こされている気がするのです。
・ スメルジャコフが夜通し呻いていたと言うマルファの証言に対する反論です。弁護士の論理によるとスメルジャコフは気づかれずに行動できる可能性があります。完全だと思われたアリバイが崩れるのです。
絶望と後悔は全く異なる二つ ― 2019-07-12
≪Но почему, почему, восклицает обвинение, Смердяков не признался в посмертной записке? "На одно-де хватило совести, а на другое нет". Но позвольте: совесть - это уже раскаяние, но раскаяния могло и не быть у самоубийцы, а было лишь отчаяние. Отчаяние и раскаяние - две вещи совершенно различные. Отчаяние может быть злобное и непримиримое, и самоубийца, накладывая на себя руки, в этот момент мог вдвойне ненавидеть тех, кому всю жизнь завидовал. Господа присяжные заседатели, поберегитесь судебной ошибки!≫
＜試訳＞ ではなぜ、スメルジャコフは遺書で告白しなかったのか、と検事は声を張り上げます。“ 一方には良心の呵責を感じ、他方には感じなかったとでも ” と叫んだのです。しかし、言わせていただきますが、良心とはすでに後悔なのですが、この自死した者には後悔などはあり得ず絶望があるだけでした。絶望と後悔は全く相異なる二つのものです。絶望は憎悪のこもった妥協を許さぬものかも知れず、自死した者は自身に手を下そうとしつつ、その瞬間、一生羨んできた人々を一段と憎んだかも知れないのです。陪審員の皆さん、裁判の誤りに留意して下さい！
・ スメルジャコフの死を巡る弁護士の考えは、推測に傾きやや難しい印象です。彼が後悔したためではなく絶望して死んだと言いたいのでしょう。犯人の彼がもし後悔したのなら、つまり良心があったならば遺書に罪を告白しただろうが、犯行を後悔しなかったからこそ告白しなかったのだと応じるのです。
＜試訳＞ ではなぜ、スメルジャコフは遺書で告白しなかったのか、と検事は声を張り上げます。“ 一方には良心の呵責を感じ、他方には感じなかったとでも ” と叫んだのです。しかし、言わせていただきますが、良心とはすでに後悔なのですが、この自死した者には後悔などはあり得ず絶望があるだけでした。絶望と後悔は全く相異なる二つのものです。絶望は憎悪のこもった妥協を許さぬものかも知れず、自死した者は自身に手を下そうとしつつ、その瞬間、一生羨んできた人々を一段と憎んだかも知れないのです。陪審員の皆さん、裁判の誤りに留意して下さい！
・ スメルジャコフの死を巡る弁護士の考えは、推測に傾きやや難しい印象です。彼が後悔したためではなく絶望して死んだと言いたいのでしょう。犯人の彼がもし後悔したのなら、つまり良心があったならば遺書に罪を告白しただろうが、犯行を後悔しなかったからこそ告白しなかったのだと応じるのです。
真実らしさの影でもあるならば ― 2019-07-13
≪Чем, чем неправдоподобно всё то, что я вам сейчас представил и изобразил? Найдите ошибку в моё изложении, найдите невозможность, абсурд? Но если есть хотя тень возможности, хотя тень правдоподобия в моих предположения - удержитесь от приговора. А тут разве тень только? Клянусь всем священным, я вполне верю в моё, в представленное вам сейчас, толкование об убийстве.≫
＜試訳＞ 私が今皆さんに提示し描き出した全ての、いったい何が真実に反しますか？ 私の叙述の中の誤りを見つけて下さい、不可能な点、不合理な箇所を見つけて下さい！ けれども、私の推定の中にたとえ可能性の影でも、真実らしさの影でもあるならば判決を控えて下さい。そこにあるのは果たして影だけでしょうか？ 全ての神聖なるものにかけて誓いますが、ただ今皆さんに提示した殺人についての解釈を、私は完全に確信しております。
・ ドミートリィの無実とスメルジャコフの犯行の可能性を論じてきた弁護士は、その検討を訴えます。検事の論告に反論し、新しい解釈もありました。陪審員にどのように受けとめられるでしょう。真実に迫る熱意や論理の緻密さや犯罪心理の理解などは検事に決して劣らないと感じます。
＜試訳＞ 私が今皆さんに提示し描き出した全ての、いったい何が真実に反しますか？ 私の叙述の中の誤りを見つけて下さい、不可能な点、不合理な箇所を見つけて下さい！ けれども、私の推定の中にたとえ可能性の影でも、真実らしさの影でもあるならば判決を控えて下さい。そこにあるのは果たして影だけでしょうか？ 全ての神聖なるものにかけて誓いますが、ただ今皆さんに提示した殺人についての解釈を、私は完全に確信しております。
・ ドミートリィの無実とスメルジャコフの犯行の可能性を論じてきた弁護士は、その検討を訴えます。検事の論告に反論し、新しい解釈もありました。陪審員にどのように受けとめられるでしょう。真実に迫る熱意や論理の緻密さや犯罪心理の理解などは検事に決して劣らないと感じます。
不幸な者が破滅させられる ― 2019-07-14
≪А главное, главное, меня смущает и выводит из себя всё та же мысль, что изо всей массы фактов, нагромождённых обвинением на подсудимого, нет ни единого, хоть сколько-нибудь точного и неотразимого, а что гибнет несчастный единственно по совокупности этих фактов. Да, эта совокупность ужасна;≫
＜試訳＞ とりわけ何よりも私を当惑させ憤慨させるのは、被告への訴因として山のように寄せ集められた数多くの事実のうちに、多少とも正確で動かし難い事実がただの一つもないにもかかわらず、これらの事実の総和だけで不幸な者が破滅させられるという思いなのです。事実、この総和は恐るべきものです。
・ 弁護士は検事側の数多くの論点について一つ一つ反証します。それによってドミートリィの嫌疑とされた根拠は揺らぎます。冤罪を許さない熱意を感じます。
＜試訳＞ とりわけ何よりも私を当惑させ憤慨させるのは、被告への訴因として山のように寄せ集められた数多くの事実のうちに、多少とも正確で動かし難い事実がただの一つもないにもかかわらず、これらの事実の総和だけで不幸な者が破滅させられるという思いなのです。事実、この総和は恐るべきものです。
・ 弁護士は検事側の数多くの論点について一つ一つ反証します。それによってドミートリィの嫌疑とされた根拠は揺らぎます。冤罪を許さない熱意を感じます。
強大な権限が与えられている ― 2019-07-15
≪эта кровь, эта с пальцев текущая кровь, бельё в крови, эта тёмная ночь, оглашаемая воплем "отцеубивец!", и кричащий, падающий с проломленною головой, а затем эта масса изречений, показаний, жестов, криков - о, это так влияет, так может подкупить убеждение, но ваше ли, господа присяжные заседатели, ваше ли убеждение подкупить может? Вспомните, вам дана необъятная власть, вязать и решить.≫
＜試訳＞ あの血、指から滴る血、血まみれのシャツ、“ 父親殺しだ！” と叫び声が響くあの暗い夜、そして悲鳴を上げ、頭を割られて倒れる者、その後のあの大量の供述、証言、身振り、叫び ― ああ、これは大いに影響があり、人々の確信を買収できるのです。けれども、陪審員の皆さん、果たしてあなた方の確信を、あなた方の信念をも買収できるでしょうか？ 思い起こして下さい、あなた方には拘束し断罪するという、強大な権限が与えられているのです。
・ 被告に不利な材料が多い状況は変わりません。弁護士はこれまで反証を論理的に積み上げてきましたが、ここで陪審員の心情に訴えます。主張してきた疑問点を残したままでの評決を、何とかくい止めようとする気迫を感じます。
＜試訳＞ あの血、指から滴る血、血まみれのシャツ、“ 父親殺しだ！” と叫び声が響くあの暗い夜、そして悲鳴を上げ、頭を割られて倒れる者、その後のあの大量の供述、証言、身振り、叫び ― ああ、これは大いに影響があり、人々の確信を買収できるのです。けれども、陪審員の皆さん、果たしてあなた方の確信を、あなた方の信念をも買収できるでしょうか？ 思い起こして下さい、あなた方には拘束し断罪するという、強大な権限が与えられているのです。
・ 被告に不利な材料が多い状況は変わりません。弁護士はこれまで反証を論理的に積み上げてきましたが、ここで陪審員の心情に訴えます。主張してきた疑問点を残したままでの評決を、何とかくい止めようとする気迫を感じます。
検事に同意しても構いません ― 2019-07-16
≪Но чем сильнее власть, тем страшнее её приложение! Я ни на йоту не отступаю от сказанного мною сейчас, но уж пусть, так и быть, пусть на минуту и я соглашусь с обвинением, что несчастный клиент мой обагрил свои руки в крови отца. Это только предположение, повторяю, я ни на миг не сомневаюсь в его невинности, но уж так и быть, предположу, что мой подсудимый виновен в отцеубийстве, но выслушайте, однако, моё слово, если бы даже я и допустил такое предположение.≫
＜試訳＞ けれども権限が強力であればあるほど、その行使はより恐ろしいのです！ 私は今語った見解をいささかも捨てませんが、しかし仕方がありません、一瞬だけ、私の不幸な依頼人が父親の血を流したとする検事に同意しても構いません。これは仮定に過ぎません、繰り返しますが、私は一瞬たりと被告の無実を疑わないのですが、しかし、いいでしょう、被告が親殺しの罪を犯したと仮定します。けれども、たとえ私がそのような仮定を受け入れたとしても、それでもなお私の言葉をどうかお聞き下さい。
・ 弁護士は一瞬だけと断ったうえで、ドミートリィの犯行を仮定するところまで譲歩するのです。彼を救うための思い切った展開を試みる瞬間です。
＜試訳＞ けれども権限が強力であればあるほど、その行使はより恐ろしいのです！ 私は今語った見解をいささかも捨てませんが、しかし仕方がありません、一瞬だけ、私の不幸な依頼人が父親の血を流したとする検事に同意しても構いません。これは仮定に過ぎません、繰り返しますが、私は一瞬たりと被告の無実を疑わないのですが、しかし、いいでしょう、被告が親殺しの罪を犯したと仮定します。けれども、たとえ私がそのような仮定を受け入れたとしても、それでもなお私の言葉をどうかお聞き下さい。
・ 弁護士は一瞬だけと断ったうえで、ドミートリィの犯行を仮定するところまで譲歩するのです。彼を救うための思い切った展開を試みる瞬間です。
誰もが誠実になろう ― 2019-07-17
≪У меня лежит на сердце высказать вам ещё нечто, ибо я предчувствую и в ваших сердцах и умах большую борьбу... Простите мне это слово, господа присяжные заседатели, о ваших сердцах и умах. Но я хочу быть правдивым и искренним до конца. Будем же все искренни!"≫
＜試訳＞ 私にはまだあなた方に言うべき事が胸にあります。なぜなら、私は皆さんの心と理性に大きな相克を予感するからです…。あなた方の心や理性などと、このような言葉を使うのをお許し下さい、陪審員の皆さん。しかし、私は最後まで正直で誠実でありたいのです。私達誰もが誠実になろうではありませんか！”
・ ドミートリィの犯行だと仮に認めたとしても、なお聞いて欲しい事があると、弁護士が陪審員の心情に強く訴えかけます。これほど譲歩してなお彼を救える策があるのか、興味深い展開です。
＜試訳＞ 私にはまだあなた方に言うべき事が胸にあります。なぜなら、私は皆さんの心と理性に大きな相克を予感するからです…。あなた方の心や理性などと、このような言葉を使うのをお許し下さい、陪審員の皆さん。しかし、私は最後まで正直で誠実でありたいのです。私達誰もが誠実になろうではありませんか！”
・ ドミートリィの犯行だと仮に認めたとしても、なお聞いて欲しい事があると、弁護士が陪審員の心情に強く訴えかけます。これほど譲歩してなお彼を救える策があるのか、興味深い展開です。
激しい拍手で遮られた ― 2019-07-18
≪В этом месте защитника прервал довольно сильный аплодисмент. В самом деле, последние слова свои он произнёс с такою искренне прозвучавшею нотой, что все почувствовали, что, может быть, действительно ему есть что сказать и что то, что он скажет сейчас, есть и самое важное. Но председатель, заслышав аплодисмент, громко пригрозил "очистить" залу суда, если ещё раз повторится "подобный случай". Всё затихло, и Фетюкович начал каким-то новым, проникновенным голосом, совсем не тем, которым говорил до сих пор.≫
＜試訳＞ この箇所で弁護士の弁論はかなり激しい拍手で遮られた。実際、彼がつい今しがた語った数語は、誠実で印象的な口調で発せられたので、もしかすると本当に彼には何か言うべき事があるのかも知れず、それもこれから言う事が最も重要なのだと、誰もが感じたのだ。しかし、拍手を聞いて裁判長は、もし再度 “ このような状況を ” 繰り返すようなら “ 退廷 ” を命じる、と大声で警告した。廷内中が静まり返り、フェチュコービッチは、これまで話していた声とはすっかり違う、新たな心情のこもるような声で話し出した。
・ 弁護士の訴えが廷内の拍手を誘い、それをきっかけに場の雰囲気が変わったようです。事件にこれまでと違った切り口で迫れるのか、新たな論点を示せるのか、皆が注視するのを感じながら口調を変えた弁護士が弁論を再開します。
＜試訳＞ この箇所で弁護士の弁論はかなり激しい拍手で遮られた。実際、彼がつい今しがた語った数語は、誠実で印象的な口調で発せられたので、もしかすると本当に彼には何か言うべき事があるのかも知れず、それもこれから言う事が最も重要なのだと、誰もが感じたのだ。しかし、拍手を聞いて裁判長は、もし再度 “ このような状況を ” 繰り返すようなら “ 退廷 ” を命じる、と大声で警告した。廷内中が静まり返り、フェチュコービッチは、これまで話していた声とはすっかり違う、新たな心情のこもるような声で話し出した。
・ 弁護士の訴えが廷内の拍手を誘い、それをきっかけに場の雰囲気が変わったようです。事件にこれまでと違った切り口で迫れるのか、新たな論点を示せるのか、皆が注視するのを感じながら口調を変えた弁護士が弁論を再開します。
先入観を持たれるような被告 ― 2019-07-19
≪"Не совокупность только фактов губит моего клиента, господа присяжные заседатели, - возглвсил он, - нет, моего клиента губит, по-настоящему, один лишь факт: это - труп старика отца! Будь простое убийство, и вы при ничтожности, при бездоказательности, при фантастичности фактов, если рассматривать каждый из них в отдельности, а не в совокупности, - отвергли бы обвинение, по крайней мере усумнились бы губить судьбу человека по одному лишь предубеждению против него, которое, увы, он так заслужил!≫
＜試訳＞ “ 私の依頼人を破滅させるのは単に事実の総和ではありません、陪審員の皆さん、違うのです、依頼人を犯滅させるには、ただ一つの事実だけで十分なのです。すなわちそれは父親の死体です！ これが単なる殺人事件だとしましょう、すると取るに足らない事実や、立証の困難さや、事実の現実離れ具合に接し、それらを総和ではなく個別に一つ一つ吟味するならば、皆さんは起訴を否認されるでしょうし、少なくとも、先入観一つだけで人間を破滅させる事に疑念を抱かれるでしょう。悲しいかな、そんな先入観を持たれるような被告ではありましたが！
・ 弁護士が全体の印象ではなく、個々の事実の検証に基づいて判断するよう陪審員に求めます。これまで検事側の論拠にことごとく反論を重ねてきた上での自信ですが、まわりくどい言い方になっています。
＜試訳＞ “ 私の依頼人を破滅させるのは単に事実の総和ではありません、陪審員の皆さん、違うのです、依頼人を犯滅させるには、ただ一つの事実だけで十分なのです。すなわちそれは父親の死体です！ これが単なる殺人事件だとしましょう、すると取るに足らない事実や、立証の困難さや、事実の現実離れ具合に接し、それらを総和ではなく個別に一つ一つ吟味するならば、皆さんは起訴を否認されるでしょうし、少なくとも、先入観一つだけで人間を破滅させる事に疑念を抱かれるでしょう。悲しいかな、そんな先入観を持たれるような被告ではありましたが！
・ 弁護士が全体の印象ではなく、個々の事実の検証に基づいて判断するよう陪審員に求めます。これまで検事側の論拠にことごとく反論を重ねてきた上での自信ですが、まわりくどい言い方になっています。
どうして罰を免れられよう ― 2019-07-20
≪Но тут не простое убийство, а отцеуийство! Это импонирует, и до такой степени, что даже самая ничтожность и бездоказательность обвиняющих фактов становится уже не столь ничтожною и не столь бездоказательною, и это в самом непреубежённом даже уме. Ну как оправдать такого подсудимого? А ну как он убил и уйдёт ненаказанным - вот что чувствует каждый в сердце своём почти невольно, инстинктивно.≫
＜試訳＞ しかし、ここにあるのは単純な殺人ではなく、父親殺しです！ それが強く感情を圧して、ごく些細で立証不十分な起訴事実さえもが、もはやそれほど些細ではなく立証不十分ではないほどになってしまいます。しかも全く先入観を抱かない頭の中でさえそう思うのです。そのような被告をどうして無罪と見なせよう？ 被告が父を殺していながら、どうして罰を免れられよう ― これこそが誰もが心の中でほとんど無意識に本能的に感じる事です。
・ 父親殺しという強い印象が冷静な分析や緻密な検証をおろそかにさせる、それが誰もが陥りがちな心理だと弁護士は指摘します。事実を感情的に捉えて熱狂に流されてしまう怖さはまさに現代に通じるものです。
それにしても、弁護士がドミートリィの犯行を仮定し、検事側の土俵に踏み込むような論調に転じたのは、果たして得策なのか不安を感じます。
＜試訳＞ しかし、ここにあるのは単純な殺人ではなく、父親殺しです！ それが強く感情を圧して、ごく些細で立証不十分な起訴事実さえもが、もはやそれほど些細ではなく立証不十分ではないほどになってしまいます。しかも全く先入観を抱かない頭の中でさえそう思うのです。そのような被告をどうして無罪と見なせよう？ 被告が父を殺していながら、どうして罰を免れられよう ― これこそが誰もが心の中でほとんど無意識に本能的に感じる事です。
・ 父親殺しという強い印象が冷静な分析や緻密な検証をおろそかにさせる、それが誰もが陥りがちな心理だと弁護士は指摘します。事実を感情的に捉えて熱狂に流されてしまう怖さはまさに現代に通じるものです。
それにしても、弁護士がドミートリィの犯行を仮定し、検事側の土俵に踏み込むような論調に転じたのは、果たして得策なのか不安を感じます。
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