矢で射抜いた二つの心臓2026-03-10

 ≪и Соня знала, что уж Катерина Ивановна теперь не успокоится, "пока не докажет этим шлепохвосткам, что они обе", и т. д., и. т. д. Как нарочно, кто-то переслал с другого конца стола Соне тарелку, с вылепленными на неё, из чёрного хлеба, двумя сердцами, пронзенными стрелой. Катерина Ивановна вспыхнула и тотчас же громко заметила, через стол, что переславший, конечно, "пьяный осёл".≫

<試訳> それでソーニャは、カテリーナが今となっては、“ あの着飾った高慢な親子に身の程を思い知せないうちは ” 気が収まりそうにないのを知っていた。その機会をわざと狙ったかのように、誰かがテーブルの向こうの端からソーニャに、黒パンで型どった、矢で射抜いた二つの心臓が載った皿を送ってよこした。カテリーナは怒りを燃やすと同時に、テーブル越しに大声で、送ってよこした者は、“ 飲んだくれの阿呆者 ” に決まってると決めつけた。

・ ソーニャへの嫌がらせに、すぐにカテリーナが声を荒げます。ふだんはソーニャは人目を避けるようにしているのですが、今日は父の葬儀ですから顔を出さずにはいられません。彼女を見下し蔑んでいる人達の中で、彼女は針の筵に座っているような気持かも知れません。

コメント

_ j潤 ― 2026-03-10 09:27

ドングリの背比べの境遇にあっても、人間の心にはどうしようもない自身と比べ少しでも上位に立ちたいものがあるようで、悲しいけれど表現する作者の心境は?ロシアのあの頃の追善供養は、施しの意味もあるのでしょうか。かなり費用は掛かると思います。カテリーナのこの追善供養は何か供養から離れた感じがします。

_ mir→潤さん ― 2026-03-10 23:06

お尋ねの問題について作者の心境を知ろうと、作者自身の「罪と罰創作ノート」や解説等を見ましたが、適切な箇所を見出せませんでした。推測になりますが、作者は人間を非常に深く捉え、多面性や揺れ動く複雑さを描いています。ラスコーリニコフのように凶悪犯罪を起しながら、一方では瀕死のマルメラードフを介抱したり、カテリーナを援助したりしています。傲慢に金貸しの老婆を見下した彼が、優しい一面を見せるのです。このように作者は人間が利己的にも利他的にもなり得る存在である事を表現したのではないでしょうか。
追善供養は葬儀に参列した家族、親族、縁者で行われ、カテリーナの様に見ず知らずの人まで招くのは一般的ではなく施しではなかった様です。故人を偲ぶのが本来の目的なのに、随分離れて散々になっていますね。

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