自分で自分を鞭打ちます2024-04-10

 ≪Но, по-моему, тут не может быть значительной опасности, и вам, право, нечего беспокоиться, потому что они никогда длеко не шагают. За увлечение, конечно, из можно иногда бы посечь, чтобы напомнить им своё место, но не более; тут и исполнителя даже не надо: они сами себя посекут, потому что очень благонравны; иные друг дружке эту услугу оказывают, а другие сами себя собственноручено...≫

<試訳> 「けれども、私が思うに、そこに格別の危険はありませんので、本当にご心配には及びません。なぜなら、凡人たちは決して遠くまでは歩まないからです。増長したなら、もちろん、自分の位置を認識させるために時に鞭打つのは構いませんが、それ以上はいけません。刑吏もいらないくらいです。彼等は自分で自分を鞭打ちますからね、なにしろとても品行方正だからですよ。お互いに罰し合う者もいるでしょうし、ある者は自分の手で罰します…」

・ ラスコーリニコフの主張は社会を単純化してあまりに観念的です。現実の社会はもっと重層的で複雑に入り組んでいて、二分するだけでは説明がつかないはずです。凡人についても独断的ですが、専制時代という背景も考慮しなければなりません。

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