がらんとした空間に忘れ去られたかのように2025-01-11

 ≪Во всей этой большой комнате почти совсем не было мебель. В углу, направо, находилась кровать; подле неё, ближе к двери, стул. По той же стене, где была кровать, у самых дверей в чужую квартиру, стоял простой тесовый стол, покрытый синенькой скатертью; около стола два плетёных стула. Затем, у противоположной стены, поблизости от острого угла, стоял небольшой, простого дерева комод, как бы затерявшийся в пустоте.≫

<試訳> この大きな部屋全体には家具がほとんどなかった。右の隅にはベッドがあった。その傍の、戸の近くには椅子があった。ベッドのある壁に沿って、よその住まいに通じる戸の傍に、青いクロスをかぶせた粗末な板張りのテーブルが置いてあって、その周りに籐のいすが置いてあった。あとは、反対側の壁の鋭角の隅の近くに、ありふれた木製の小さな箪笥がまるでがらんとした空間に忘れ去られたかのように置かれていた。

・ ソーニャの飾り気のない部屋の描写が続きます。彼女は得た金を親元に届けています。亡き父も酒代をせびりに来ていました。自分も貧苦に耐えて暮らしている事が、この質素な部屋の様子からも想像されます。

運命の決定者の前に立っている心地2025-01-12

 ≪Вот всё, что было в комнате. Желтоватые, обшмыганные и истасканные обои почернели по всем углам; должно быть, здесь бывало сыро и угарно зимой. Бедность была видимая; даже у кровати не было занавесок.
Соня молча смотрела на своего гостя, так вниматенльно и бесцеремонно осматривавшего её комнату, и даже начала, наконец, дрожать в страхе, точно стояла перед судьей и решителем своей участи.≫

<試訳> これが部屋にある物の全てだった。黄ばんで擦り切れて古ぼけた壁紙は、どの隅も黒ずんでいた。おそらく、冬にはここは湿りけが多く、ガスがこもるのだろう。貧しさは一目で分かった。ベッド脇のカーテンさえなかったほどだ。。
ソーニャは黙って、注意深く、無遠慮に部屋を観察している自分の客人を見つめていたが、しまいには、まるで裁判官か、自分の運命の決定者の前に立っている心地がして、怖くなって震え出したほどだった。

・ ラスコーリニコフの険しい様子に震えるほどのソーニャが気の毒です。今朝、彼女が訪れた時は、温かく優しく迎えて母と妹に紹介していました。その二人と決別して逃れるようにここにやって来た彼の今の心理を想像します。

これが僕の最後の訪問です2025-01-13

 ≪- Я поздно... Одиннадать часов есть? - спросил он, всё ещё не подымая на неё глаз.
- Есть, - пробормотала Соня. - Ах да, есть! - заторопилась она вдруг, как будто в этом был для неё весь исход, - сейчас у хозяев часы пробили... и я сама слышала... Есть.
- Я к вам в последний раз пришёл, - угрюмо продолжал Раскольников, хотя и теперь был только в первый, - я, может быть, вас не увижу больше...≫

<試訳> 「僕は遅い時間に… 11時になりましたか?」 やはり彼女の方に目を上げずに彼が尋ねた。
「ええ」 ソーニャが呟いた。「あっ、ええ、そうですわ!」 彼女は、まるでその一言に救いがあるように、突然あわてて呟いた。「たった今、家主さんの時計が鳴りましたから… 私、この耳で聞きました…11時になりましたわ」
「これが僕の最後の訪問です」 今日が初めての訪問なのに、ラスコーリニコフは陰鬱な声で言った。「あなたにお目にかかる事はもうないかも知れません」

・ ラスコーリニコフが時刻を尋ねたところから、沈黙していた二人の会話が始まります。震えるほど緊張していたソーニャが、答えを発せられてほっとする心理がよく分ります。ラスコ―リニコフは何か重い決断を抱えてやって来たような口ぶりです。

一言お話しておきたい事があって2025-01-14

Он поднял на неё свой задумчвый взгляд и вдруг заметил, что он сидит, а она всё ещё стоит перед ним.
- Что ж вы стоите? Сядьте, - проговорил он вдруг переменившимся, тихим и ласковым голосом.≫

<試訳> 「あなたは… どこかへ行かれますの?」
「分りません… 全ては明日…」
「では、明日カテリーナ・イワーノブナの所へおいでいただけませんの?」
「分りません。全ては明日の朝…。その事ではありません。僕は一言お話しておきたい事があって来たんです」
彼女に向けて物思わし気な視線を上げた彼は、不意に自分が座っているのに、彼女は前に立っている事に気づいた。
「どうして立っていらっしゃるんです? おかけ下さい」 彼は急に調子を変えて静かな優しい声で言った。

・ 明日はカテリーナの所でマルメラードフの追善供養です。彼は事故後から臨終まで親身に関り、費用を援助したのを感謝されて招かれています。けれども、彼には明朝、何か重要な事があるようです。いつもは陰鬱な彼の表情が和らぎ、落着いて会話ができるのは、ソーニャの真情への信頼からでしょう。

いつだってそうでしたわ2025-01-15

 ≪Она села. Он приветливо и почти с состраданием посмотрел на неё с минуту.
- Какая вы худенькая! Вон какая у вас рука! Совсем прозрачная. Пальцы как у мертвой.
Он взял её руку. Соня слабо улыбнулась.
- Я и всегда такая была, - сказала она.
- Кода и дома жили?
- Да.≫

<試訳> ソーニャが腰をかけた。ラスコーリニコフはやさしく、まるで憐れむようにしばらく彼女を見つめていた。
「あなたはなんと痩せてらっしゃるんです! ほらあなたの手が! まるで透けているようですよ。死んだ人の指のようです」
彼は彼女の手をとった。ソーニャは弱々しく微笑んだ。
「私、いつだってそうでしたわ」 彼女が言った。
「あの家にいた時から?」
「そうです」

・ 荒々しく部屋に入って来た時と一変して、ラスコーリニコフがソーニャを案じて優しく声をかけます。移り変わる複雑な心理です。

もう一度あたりを見まわした2025-01-16

 ≪- Ну, да уж конечно! - произнёс он отрывисто, и выражение лица его, и звук голоса опять вдруг переменились. Он ещё раз огляделся кругом.
- Это вы от Капернаумова нанимаете?
- Да-с...
- Они там, за дверью?
- Да... У них тоже такая же комнмта.
- Все в одной?
- В одной-с.≫

<試訳> 「そう、それは、そうでしょうね!」 ラスコーリニコフは途切れがちに言うと、彼の顔の表情と声の調子が急にまた変わった。彼はもう一度あたりを見まわした。
「これはカペルナウモフから借りているんですね?」
「そうですが…」
「家主は、この戸の向こうに住んでるのですか?」 「ええ…。あちらにもここと同じような部屋があります」
「一部屋に皆がですか?」
「一部屋にです」

・ 彼は隣の部屋の様子を気にして尋ねます。彼は他の人とは気持を昂らせて喋りつのる事が多いのに、ソーニャとは穏やかに短い会話を交わしています。

とても優しくていい方々2025-01-17

 ≪- Я бы в вашей комнате по ночам боялся, - угрюмо заметил он.
- Хозяева очень хорошие, очень ласковые, - отвечала Соня, всё ещё как бы не опомнившись и не сообразившись, - и вся мебель, и всё... всё хозяйкое. И они очень добрые, и дети тоже ко мне часто ходят...
- Это косноязычные-то?≫

<試訳> 「僕なら、この部屋では夜は怖いだろうな」 暗い調子でラスコーリニコフが言った。
「家主さんのご家族がとても優しくていい方々なんです」 依然として冷静になれないかのように、どぎまぎしてソーニャが答えた。「家具も、何もかも… みな大家さんのものですの。それに皆さん、とても親切で、子供達も私のところによく遊びに来てくれます…」
「吃音の一家なんでしょう?」

・ ソーニャはまだ落着かないのですが、それでも言葉を重ねながら徐々に二人が打ちとけてきます。彼女が大家の家族に優しくされているのでほっとします。

どこからお聞きになりましたの2025-01-18

 ≪- Да-с... Он заикается и хром тоже. И жена тоже... Не то что заикается, а как будто не всё выговаривает. Она добрая, очень. А он бывший дворовый человек. А детей семь человек... и только страший один заикается, а другие просто больные... а не заикаются... А вы откуда про них знаете? - прибавила она с некоторым удивлением. ≫

<試訳> 「そうですの…。ご主人は吃音で、足も不自由なんです。それに奥さんも…。どもるほどではないのですが、はっきりと全部を話せないようで。奥さんは親切な方です、とても。ご主人は元は屋敷付きの農奴でしたの。子供は7人いて… 一番上の男の子だけが吃音で、他の子供たちは病身なだけで… 吃音じゃありません…。あなたは、ご一家についてどこからお聞きになりましたの?」 彼女はいくらか驚いたように付け加えた。

・ ソーニャが家主一家の様子を詳しく説明します。親切な夫婦なのて安心します。人目を避けて暮らす彼女には、このような隣人の存在は救いでしょう。家主とは言え、障害や病気を抱えた大家族が一部屋で生活している苦労を想像します。彼女はラスコーリニコフがこの家族について多少とも知っているのが不思議で、それを問い返せるほどに、彼女の緊張が和らいだのを感じます。

何もかも話してくれたんです2025-01-19

 ≪- Мне ваш отец всё тогда рассказал. Он мне всё про вас рассказал... И про то, как вы в шесть часов пошли, а в девятом назад пришли, и про то, как Катерина Ивановна у вашей постели на коленях стояла.
Соня смутилась.
- Я его точно сегодня вилела, - прошептала она нерешительно.
- Кого?
- Отца. Я по улице шла, там подле, на углу, в десятом часу. а он будто впереди идёт. И точно как будто он. Я хотела уж зайти к Катерине Ивановне...≫

<試訳> 「あなたのお父さんが、あの時、僕に何もかも話してくれたんです。あなたの事もすっかり…。あなたが6時に出かけて行って9時に戻って来た事も、そして、カテリーナさんが、あなたのベッドの傍らで跪いていた事についても」
ソーニャはどぎまぎした。
「私、今日あの人を見たような気がしました」 ためらいがちに彼女は小声で言った。
「誰を?」
「父です。私が通りをあるいていると、すぐ近くの角で、9時過ぎでした。父が前を歩いているようでしたの。父そっくりの人でしたわ。カテリーナの所に知らせに寄ろうかと思ったほどです…」

・ 居酒屋で今は亡きマルメラードフが酔いに任せて延々と家庭の事情を語った時の事です。困窮する一家のために、彼女が初めて夜の街に出た時の哀切な状況を思い出します。彼女はとっさに話題を変えたようです。

お母さんを愛しているんですか2025-01-20

 ≪- Вы гуляли?
- Да, - отрывисто прошептала Соня опять смутившись и потупившись.
- Катерина Ивановна ведь чуть не била, у -то?
- Ах нет, что вы, что вы это, нет! - с каким-тоотца даже испугом посмотрела на него Соня. - Так вы её л.юбите?
- Её? Да ка-а-ак же! - протянула Соня жалобно и с страданием сложив вдруг руки.≫

<試訳> 「あなたは街に出ていたのですか?」
「ええ」 ソーニャは、またうろたえ、目を伏せてぽつりと言った。
「カテリーナさんは、お父さんを殴りそうになった事がよくあったそうですね?」
「まあ、とんでもない、あなたは何を、何をおっしゃいます、違います!」 ソーニャはびっくりするように、ラスコーリニコフを見つめた。
「それじゃあ、あなたはお母さんを愛しているんですか?」
「あの人を? ええ、もちろん、それはもう!」 ソーニャは悲し気に言葉を引き延ばして、不意に苦し気に両手を胸に組み合わせた。

・ ラスコーリニコフのぶしつけな矢継ぎ早の質問に、戸惑いながらソーニャが答えています。最初の質問は、直訳すると 「あなたは散歩していたのですか?」 ですが意訳しました。ソーニャが9時過ぎに散歩するはずはなく、それで彼女はうろたえて目を伏せたのです。彼女はマルメラードフの連れ子で、カテリーナは義母です。今は離れて住んでいますが、深い絆で結ばれています。