私の憧れ、私の夢2010-07-11

カテリーナの口づけの意味を語るドミートリィ

≪Ты думаешь, она нарочно эту ручку первая поцеловала у Грушеньки, в расчётом хитлым? Нет она взаправду, она взаправду влюбилась в Грушеньку, то-есть не в Грушеньку, а в свою же мечту, в свой бред, - потому-де что это моя мечта, мой бред!≫

<試訳>「お前は、カテリーナがわざと狡い打算があって、グルーシェンカの手に先に口づけしたと思っているんだろう。違うんだよ、あいつは本当にグルーシェンカに惚れ込んだのさ、本当にな。つまり、グルーシェンカをじゃなく、まさに自分の憧れ、自分の夢にと言うわけさ。『私の憧れ、私の夢だわ!』ってな」

手に口づけするという一件がとても重大に看做されていますが、そのような習慣がないのでその意味を推測する他ありません。ドミートリィがカテリーナの心理を分析していますが、でも、やはり彼女には事を思い通りに有利に進めようという打算があったと思えてなりません。自分の打算にも気付かずに、自分を偽って彼の言う感情で振舞ったということであれば大いに納得できます。

お前は自分の道を行け2010-07-12

ドミートリィがアリョーシャに別れを告げる

≪- Да, я подлец! Несомненный подлец, - произнёс он вдруг мрачным голосом.
- Всё равно, плакал или нет, всё равна подлец! Передаё там, что принимаю наименование, если это может утешить. Ну и давольно, прощай, что болтать-то! Весёлого нет! Ты своею дорогой, а я своею. Да и видеться больше не хочу, до какой-нибудь самой последней минуты. Прощай, Алексей! ≫

<試訳>「そうさ、僕は卑劣な男だ! 疑いもなく卑劣な男だよ」 彼は唐突に暗い声で言った。「同じことだ、泣いたにせよ泣かなかったにせよ、どっちにしても卑劣漢なんだ!あいつの家で伝えてくれ、それで慰めになるんなら卑劣漢って呼び名を甘んじて受けるってな。でも、もう無駄話なんかもういいんだ、別れよう。楽しいことなんかないのさ!お前は自分の道を行け、僕は僕の道を行くよ。もう会いたくはない、これはという最後の時まではな。さよなら、アレクセイ!」

「泣いた」と言うのは、彼がかってカテリーナの面影に涙を流し、その時は、グルーシェンカも理解して共に泣いたことを指しています。でも彼は今や、卑劣漢であることを自認し、アリョーシャに別れを告げて去ります。自分で自分を滅ぼしてしまうような道をどうしようもなく辿ってしまう彼の姿に哀しさを覚えます。かってゾシマ長老が僧庵でドミートリィの足元に跪拝して額を地につけ、驚く周囲の人々に向かって「赦してあげなさい。全てを赦すことです!」と言ったことが蘇ります。

もう一つ打ち明けることがある2010-07-13

去ろうとしたドミートリィが戻って付け加える

≪- Стой, Алексей, ещё одно признание, тебе одному! - вдруг воротился Дмитрий Фёдрович назад. - Смотри на меня, пристально смотри: видишь, вот тут, вот тут - готовится страшное бесчестие.≫

<試訳>「待てよ、アレクセイ、もう一つお前に打ち明けることがあるんだ、お前だけにな!」 突然ドミートリィ・フョードロビッチが引き返した。「僕を見ろ、しっかりと見るんだ。分かるかい、ほらここで、ここで怖ろしい破廉恥がなされようとしているんだよ」

彼は自分の胸を拳で叩きながら、これから卑劣な行為をしようとしていることをアリョーシャに打ち明けます。「ほらここで」と、ことさら胸を示しているのは心中の思いの意味だろうと最初は思いますが、実は、そこにいわくのある大金が・・・ということで伏線をなしています。ミステリーの要素がここでも読者の興味を惹き続けます。

むこうには困惑と暗闇が2010-07-14

僧院に戻ったアリョーシャは考える

≪Монастырь он обошёл кругом и через сосновую рощу прошёл прямо в скит. Там ему отворили, хотя в этот час уже никого не впускали. Сердце у него лрожало, когда он вошёл в келью старца: "Зачем, зачем он выходил, зачем тот послал его "в мир"? Здесь тишина, здесь святыня, а там - смущенье, там мрак, в котором сразу потеряешься и заблудишься...≫

<試訳>修道院をぐるりと回り、松の木立を通って彼はまっすぐ僧庵に向かった。そこはこの時間はもう誰も入れないのだが、彼のために戸を開けてくれた。長老の庵室に入ると、彼の心は揺れ動いた。『どうして、どうして自分は出て行ったんだろう、どうして自分を”俗世間”に送り出したのだろう。ここには静寂があり、ここは聖地なのに、むこうには、すぐに自分を見失い道に迷わせるような混乱と暗黒が・・・』

混乱と葛藤の場に立ち会い疲れ果てた傷心のアリョーシャが僧庵に戻ります。入った途端に先程までの”俗世間”とこの聖なる地とのあまりの違いに心が揺れます。彼にとってはもちろんこの静寂が合っているのですが、それだけに長老がなぜ彼をむこうの世界に遣わしたのか、自分はどうしてここを出たのかと自問しています。その意味を彼はどのように再び納得するのでしょう。

ナターリア・グジィ2010-07-15

歌手ナターリア・グジィはウクライナ生まれです。以前、「ナジェージダ」でチェルノブイリ原発について触れましたが、彼女も1986年のこの事故で被曝しているのです。2000年から日本で本格的な音楽活動を始めていて、コンサートではパンドゥーラという竪琴のような楽器を演奏しながら透き通るような歌声でウクライナやロシアなど各国の歌、そして日本の歌も歌います。また、曲の合間に原発事故について静かに語り、救援も訴えています。

衰弱して昏睡なさっておられる2010-07-16

ゾシマ長老の容態は重く、死期が迫っている

≪- Ослабел, сонливость напала, - шёпотом сообщил Алёше отец Паисий, блогословив его. - Разбудить даже трудно. Но и не надо будить. Минут на пять просыпался, просил снести братии его благословение, а у братии просил о нём ночных молитв.≫

<試訳>「衰弱して昏睡されておられる」と、パイーシイ神父がアリョーシャを祝福してから声をひそめて知らせた。「お目覚めさせるのも難しいのだよ。だが、お起こしすることもない。5分間ほどお目覚めになられて、修道士達にご自分の祝福を伝えるようにお頼みになられ、ご自分のために夜の祈祷をお願いされておったからな」

アリョーシャが僧庵に入ると、敬愛するゾシマ長老は死の床に就いています。神父が長老の重篤な容態を説明しますが、アリョーシャも覚悟していたかのように静かに受け入れているようです。先刻の混乱、喧噪の俗世界とこの静寂、聖なる場所の対比を感じます。激しい葛藤から離れて、アリョーシャならずとも少し安らぎを感じてしまいます。

そこがあれの居るべき場所じゃ2010-07-17

アリョーシャを気遣う長老

≪О тебе вспоминал, Алексей, спрашивал, ушёл ли ты, отвечали, что в городе. "На то я и благословил его; там его место, а пока не здесь", - вот что изрёк о тебе.≫

<試訳>「お前について思い出しておられたぞ、アレクセイ、お前が出て言ったかと尋ねられたので、町におりますと答えたのだよ。”そのためにわしはあれを祝福したのじゃよ、そこがあれの居るべき場所じゃ、当分ここではないのだ” とこのようにお前について言われておった」

敢えて俗世間に送り出したアリョーシャを病の床で気遣う長老の言葉が神父を通じて彼に伝えられます。彼を送り出したときの言葉が繰り返されています。長老の言う「実践的な愛」を僧院の中ではなく現実の世界で実行する使命を負うアリョーシャの試練は始まったばかりです。

明日は一歩も僧院を出ない2010-07-18

長老の最期に立ち会うため決意するアリョーシャ

≪Что старец отходил, в том не было сомнения для Алёши, хотя мог прожить ещё и день и два, Алёша твёрдно и горячо решил, что, несмотря на обещание, данное им видеться с отцом, Хохлаковыми, братом и Катериной Ивановной, - завтра он не выйдёт из монастыря совсем и останется при старце своём до самой кончины его.≫

<試訳>あと一、二日永らえることができるとしても長老がこの世を去るのだということをアリョーシャは疑いようがなかった。彼は父やホフラーコワ家の人達や兄やカテリーナと会う約束があるのだけれど、明日は僧院から一歩も出ないで長老の最期までお傍に付き添おうと固く熱い気持ちで決心した。

敬愛する長老の最期に付き添っていたいというアリョーシャの気持ちが伝わってきます。

歓びに満ちた感動を2010-07-19

就寝前の祈りを捧げるアリョーシャ

≪В горячей молитве своей он не просил бога разъяснить ему смущение его, а лишь жаждал радастнгого умиления, прежнего умиления, всегда посещавшего его душу после хвалы и славы богу, в которых и состояла обыкновенно вся на сон грядущий молитва его. Эта раость, посещавшая его, вела за собой лёгкий м спокойный сон.≫

<試訳>熱心な祈りの中で、彼は神が自分の不安を晴らすよう願ったのではなく、ただ歓びに満ちた感動を、就寝前の祈りにいつも入っている神への賞賛と賛美の後に彼の心に訪れる、以前のあの感動を渇望したのだった。彼にやってくるこの歓びは穏やかで静かな眠りをもたらしたものだった。

長老を枕辺で見舞った後、彼は隣の部屋で祈ります。周囲の人達の心痛む場面に遭遇した後ですから、願いたい事はたくさんあると思うのですが、静かに神を讃えるのみなのです。アリョーシャに「一日の苦労は一日にて足れり」、ゆっくり休んでと言葉をかけたくなります。

薔薇色の小さな封筒2010-07-20

祈りの途中で手紙に気付くアリョーシャ

≪Моялось и теперь, он вдруг случайно нащупал в кармане тот розовый маленький пакетик, который передала ему догнавшая его на дороге служанка Катерины Ивановны. Он смутился, но докончил молитву. Затем после некоторого колебания вскрыл пакет.≫

<試訳>今もまた祈っていたのだが、彼はふと偶然にポケットの中に、カテリーナ・イワーノブナの小間使いが道で追い付きしなに渡したあの薔薇色の小さな封筒を探り当てた。彼はどぎまぎしたが、お祈りを最後まで終えた。それからちょっとためらったあとで封筒を開いた。

就寝前の祈りの時のエピソードです。他には誰もいない夜の部屋なのですが、薔薇色の封筒に戸惑ったり、開封をちょっとためらったりと、彼の純真な心の動きが描かれています。彼の気持ちが少し安らいだ事を感じさせます