フョードルの煩悶(1)2009-12-21

修道院に入りたいというアリョーシャ突然の申し出に、フョードルは修道院について、宗教観について、アリョーシャについて、そして自分について述べる。

≪Я все помышлял о том: кто это за меня когда-нибуть помолится ? Есть ли в свете такой челобек ?≫

<試訳> わしは、いつも思ってるんだ、つまり、いつの日か、わしのために誰が祈ってくれるだろうかとな。この世の中にそんな奴がいるもんだろうか。

 フョードルは自分の自堕落さを痛いほど自覚していることがわかります。 偽悪的に道化を演じもするのですが、だからこそ孤独であり、救いを求める気持には哀しささえ感じます。一面的に捉えきれない人間の深さを教えられます。

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