事件に対する私達の無関心2018-08-25

 ≪Ведь мы такое привычные ко всему этому люди! В том и ужас наш, что такие мрачные дела почти перестали для нас быть ужасными! Вот чему надо ужасаться, привычке нашей , а не единичному злодеянию того или другого индивидуума. Где же причины нашего равнодушия, нашего чуть тёпленького отношения к таким делам, к таким знамениям времени, пророчествующим нам незавидную будущность?≫

<試訳> 私達はあらゆるこの種の事には慣れているではありませんか! このような陰惨な事件が、私達にとって全く恐ろしいものでなくなっていることこそ恐怖です! 恐れなければならないのは、一個人の個々の犯罪ではなく、まさに私達の慣れなのです。好ましからざる未来を予言している、時代を象徴するこのような事件に対する私達の無関心、私達の生ぬるい態度の原因はいったいどこにあるのでしょうか?

・ 検事の論告は大袈裟な演説調で始まりますが、時代を考えるとこれが普通だったのでしょう。事件に対する慣れを指摘しているところに、事件が頻発していた当時の社会が想像されます。けれどもそのまま現代にも通ずるのが驚きです。

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