カテリーナの屈辱2010-04-01

父の窮地を救うためカテリーナはドミートリィを訪れる

≪Она вошла и прямо глядит на меня, тёмные глаза смотрят решительно, дерзко даже, но в губах и около губ, вижу, есть нерешительность. - Мне сестра сказала, что вы дадите четыре тысячи пятьсот рублей, если я приду за ними... к вам сама. Я пришла... дайте деньги! ... - не выдержала, задохлась, голос пресекся, а концы губ и линии около губ задрожали. ≫

<試訳>彼女が入ってきて僕をまっすぐに見つめるんだ。暗い眼が意を決したようで大胆なほどだったけど、唇とその周りにはためらいが見えたな。「私に姉が言ったのです、あなたが4千5百ルーブリを下さると、そのために私が一人であなたところへ行けば・・・。私はやって来ました・・・お金を下さい!・・・」 耐えられずに息苦しそうに怯えて声も尽き、唇の端と縁が震え始めたのさ。

公金横領の発覚を目前に自決しようとした陸軍中佐の父を救うためにカテリーナが不本意ながらドミートリィの策略に乗るのです。ドミートリィは彼女を気位が高いと評していますが、弱みにつけこんだ彼のこの行為が彼女に屈辱感を抱かせ、彼の運命を左右することにもなります。得意げに話す彼の姿に父フョードルの気質がダブって感じられます。

旅から帰りました。時差ボケが続いていますがブログを再開します。

憎悪の情と激しい愛2010-04-04

気持ちを高ぶらせながら経緯を説明するドミートリィの独白が続く

≪Веришь ли, никогда этого у меня ни с какой не бывало, ни с единою женщиной, чтобы в этокую минуту я на неё глядел с ненавистью, - и вот крест кладу: я на эту глядел тогда секунды три или пять со страшнюю ненавистью, - с тою самою ненавистью, от которой до любви, до безумнейшей любви - один волосок. Я подошёл к окну, приложил лоб у мёрзлому стеклу и помню, что мне лоб обожгло льдом как огнём.≫

<試訳>僕にはどんな女ともこんなことはかってなかったんだ、ただの一人だってね、信じるかい、僕はその瞬間に憎悪の情で彼女を眺めていたんだ、誓って言うが、僕は彼女をその3秒か5秒間怖ろしい憎しみで見ていたんだよ。恋まで、狂おしいほどの恋まで紙一重というまさにその憎悪の情でもってね。僕は窓辺に近づいて凍りついたガラスに額をつけた。額が氷でまるで炎で焼かれるようだったことを覚えているよ。


ドミートリィはカテリーナへの振る舞いと感情の流れを吐露し続けます。高雅な彼女と卑劣漢の自分を対比させながら、憎悪と恋情の葛藤をアリョーシャに聞かせるのです。悪者になりきれない彼の真情が伝わってきます。

額を床につけるカテリーナ2010-04-05

証券を渡されたあとのカテリーナの様子が語られる

≪Она вся вздрогнула, Посмотрела пристально секунду, страшно побледнела, ну как скатерть, и вдруг, тоже ни слова не говоря, не с порывом, а мягко так, глубоко, тихо, склонилась вся и прямо мне в ноги - лбом до земл, не по-институтски, по-русски!≫

<試訳>彼女は身震いして一瞬じっと目を凝らし、そう、まるでテーブルクロスのようにひどく蒼白になったよ。そして突然、やはり一言もしゃべらずに、激してというわけじゃなく、むしろ実におだやかに心をこめ、静かに身を屈してすぐ僕の足もとで床に額をつけるじゃないか、女学生風にじゃなくてロシア流にだぜ。

ドミートリィは揺れ動く自分自身の気持ちと闘いながらも5千ルーブリの証券をカテリーナに渡し、戸を開けて恭しく彼女を送り出そうとします。それに続く場面なのですが、「身震い・・・蒼白・・」が屈辱感からなのか、カテリーナの心の動きは正直なところよくわかりません。この瞬間、彼は望み通り彼女より優位に立つのですが・・・。眼前で見ているかのように思わせる描写です。

剣に口づけするドミートリィ2010-04-06

カテリーナが去った後のドミートリーィの興奮した様子

≪Когда она выбежала, я был при шпаге; я вынул шпагу и хотел-было тут же заколоть себя, для чего - не знаю, глупость была бы страшная, конечно, но должно быть от восторга. Понимаешь ли ты, что от иного восторга можно убить себя; но я не закололся, а только поцеловал шпагу и вложил её опять в ножны, ≫

<試訳>彼女が走り出た時、僕は剣を帯びていた。僕は剣を抜いた、そしてその場で自分を突き殺したかった。何故かはわからない、もちろん怖ろしく愚かかも知れないが、歓喜からに違いないんだ。分かるかい、歓喜によっては自殺できるんだぜ。でも僕は突き刺さなかったよ。ただ剣に口づけしただけで鞘に納めたのさ。

歓喜極まって自殺しようとする、何という激しい感情でしょう。「歓喜」と訳しましたが「狂喜、感激、有頂天」などの訳語がありどれが適切か迷います。彼はカテリーナの父の部下の陸軍士官なので軍刀を持っているわけですが、軍服を着ていたのかも知しれません。アリョーシャに語り聞かせているのに、読者がドラマチックなシーンに立ち会わせられます。

コニャックをイッキに2010-04-08

高さが6㎝ほどの濃紺の小さな酒杯です。映画ではこれぐらいの杯でフョードルがイワンに「飲みすぎですよ」と制されながら、「もう一杯だけだ、この一杯だけ」とグイッと飲み続けていました。 辞書では"стопка(ストプカ)"とあります。"рюмка(リュムカ)"は主に脚のついた小グラスですが、日本のおちょこは"японская рюмочка(ヤポンスカヤ リュマチカ)"ですから、"рюмка"とも言うのかも知れません。

結婚申し込み2010-04-09

ドミートリィのもとにカテリーナからの手紙が届く

≪люблю, дескать, безумно, пусть вы меня не любите - всё равно, будьте только моим мужем. Не пугайиесь- ни в чём вас стеснять не буду, буду ваша мебель, буду тот ковёр, по которому вы ходите... Хочу любить вас вечно, хочу спасти вас от самого себя≫

<試訳>愛しております、狂おしいほどに。もしあなたが私を愛してくださらないとしてもいいのです。ただ私の夫になってくださいませ。ご懸念なさりませんように、どんなことでもあなたを煩わせはいたしませんから。あなたの家具に、あなたが踏む絨毯になりましょう。あなたを永遠に愛したいのです。あなた自身からあなたを救いたいのでございます。

ドミートリィには思いがけない手紙の内容です。あの事件があって、しばらく沈黙を置いた唐突な彼女の申し出で、ボールが彼に投げられたわけです。「あなたを救いたい」にカテリーナの気質が表れているように思います。「真意はどこに?」と思わせる彼女の振る舞いです。

彼女が愛しているのは2010-04-10

ドミートリィの葛藤は婚約の後も続く

≪- А я уверен, что она любит такого как ты, а не такого как он.
 - Она свою добродетель любит, а не меня,≫

<試訳> 「でも僕は、彼女がイワンのような人ではなくて兄さんのような人を好きなんだと信じてます」
「彼女が愛しているのは自分の善行なんだ、僕をじゃないんだ」

カテリーナからの手紙を受け取った後、ドミートリィは弟のイワンに経過を知らせ彼を彼女のもとに差し向けるのです。そしてイワンは彼女にすっかり魅せられてしまいます。ドミートリィが自虐的、偽悪的な行為で堕ちていくのがいたたまれないです。

僕のような男が2010-04-11

カテリーナが自分を選んだ理由をドミートリィが語る

≪И вот такой как я предпочтен, а он отвергается. Но для чего же? А для того, что девица из благодарности жизниь и судьбу свою изнасиловать хочет! Нелепость!≫

<試訳>そしてこんな僕のような男が選ばれイワンが退けられたんだ。でも一体どうしてだ。それは、乙女が感謝の気持ちから自分自身の人生と運命を束縛したがっているんだよ!愚劣だ!

イワンがカテリーナを愛し、彼女もまたイワンを尊敬し好意を持っていると語るドミートリィは、彼女の申し出が純粋な愛からではないこと、そして自分もまた値しない者であることに憤慨するのです。破滅を望んでいるかのようです。

泥濘と悪臭の中へ2010-04-12

自らを蔑み下降志向するドミートリィの心情

≪но судьба свершится и достойный станет на место, а недостойный скроется в переулок навеки - в грязны свой переулок, в возлюблённый и свойственный ему переулок, и там, в грязи и вони погибнет добровольно и с наслаждением.≫

<試訳>だけど運命は現実のものとなるんだ、ふさわしい者がその場所に着き、ふさわしくない者は永久に裏小路へ身を隠すことでね。我がぬかるみの裏小路へ、身に合った最愛の裏小路へだ。そこで、泥濘と悪臭の中で享楽のうちに自ら進んで破滅するのさ。

「ふさわしい者」がイワンで、「ふさわしくない者」が自分というわけです。この後、アリョーシャが「裏小路というのはグルーシェンカのところですか」と驚きます。ドミートリィはカテリーナと婚約したまま、娼婦グルーシェンカを父フョードルと争うということになります。凄まじいほどの彼の情念に圧倒されます。でも、彼の心の動きには、どこか分かるところもあり不条理と否定し去ることもできません。むしろ純真すぎて痛ましいとさえ思います。

嘲笑するグルーシェンカ2010-04-14

ドミートリィをグルーシェンカは軽くあしらう

≪Говорит: "хочешь, выйду замуж, ведь ты нищий. Скажи, что бить не будешь и позволишь всё мне делать, что я захочу, тогда может и выйду", - смеётся. И теперь смеётся!≫

<試訳>こう言いやがるんだ、「お望みなら結婚するわよ、だってあんたは素寒貧ですものね。この先ぶたないことと、私が望むこと何でもさせることを約束して、それができたら結婚してもいいわ」と笑いやがるんだ。今だって笑っているんだ。

グルーシェンカが登場します。ドミートリィはすっかり参ってしまい、彼女との羽目をはずした遊興でカテリーナからの預かり金を費します。グルーシェンカはしたたかな女性として描かれていますが、彼女に魅かれた彼は、この後彼女を巡って翻弄されることになります。