命が惜しけりゃ金をよこせ!2010-07-01

アリョーシャを待ち受けるドミートリィ

≪Только что Алёша вступтил на перекресток, как фигура сорвалась с места, бросилась на него и неистовым голосом прокричала:
- Кошелёк или жизнь!
- Так это ты, Митя! - удивился сильно вздрогнувший, одноко, Алёша.
- Ха-ха-ха! Ты не ожидал?≫

<試訳>アリョーシャが四辻に歩を進めた途端、柳の木陰から人影が急に離れて彼に向かってきて荒々しい声で叫んだ「命が惜しけりゃ金をよこせ!」
「兄さんじゃないですか、ミーチャ!」 ひどくびっくりしてアリョーシャは驚きの声をあげた。
「ハッハッハッ! 思いがけなかったろう」

打ちひしがれてカテリーナの家を後にしたアリョーシャは暗がりの中を僧院へ向かうのですが、途中でミーシャが待っていて驚かします。悲痛な思いを胸にしているアリョーシャの気持ちも知らずにふざける兄のほうが子供っぽく見えます。

ずっと前から泣き出したかった2010-07-02

アリョーシャがドミートリィの悪ふざけを憤る

≪... Да что с тобой?
- Ничего, брат... я так с испугу. Ах Дмитрий! Давеча эта кровь отца (Алёша заплакал, ему давно хотелось заплакать, а теперь у него вдруг как бы что-то порвалось в душе). - Ты чуть не убил его... проклял его... и вот теперь... здесь... сейчас... ты шутки... кошелёк или жизнь!≫

<試訳>「・・・ところでどうしたんだお前」
「何でもないです、兄さん・・・とても驚いたもんだから。ああ、ドミートリィ兄さんったら!さっきはと言えば、お父さんの血を流させたばかり」(アリョーシャは泣き出した、彼はずっと前から泣き出したかったのだが、今、突然心中の糸が切れたかのようだった) 「お父さんを危うく殺すとこだったんですよ・・・ お父さんを罵って・・・ そしてほら今度は・・・ ここで・・・ 今・・・ 悪ふざけを・・・ 命が惜しけりゃ金を出せなんて!」

ドミートリィに驚かされて、それでなくても精神的に参っていたアリョーシャは感情を抑えきれず憤慨の涙を流し、情けない気持ちを珍しく兄に吐露します。でも、純朴な兄に出会ってほっとした面も感じます。彼のせつなさが伝わってきます。人通りのない暗闇の辻で兄弟が出会う情景はモノクロ映画がふさわしいと思います。

これ以上何を悩むことがある2010-07-03

ドミートリィが心の動きを説明する

≪- Стой. Посмотри на ночь: видишь, как мрачная ночь, облака-то, ветер какой поднялся! Опрятался я здесь, под ракитой, тебя жду, и вдруг подумал(вот тебе бог!): да чего же больше, маяться, чего ждать? Вот ракита, платок есть, рубашка есть, верёвку сейчас можно свить, помочи в придачу и - не бременить уж более землю, не бесчестить низким своим присутствием! ≫

<試訳>「まあ待てよ。この夜を見てみなよ、ほら、何て暗澹たる夜なんだ、雲が覆っていてひどい風が出てきたな!僕はここで身を隠していたんだ、柳の下でお前を待ってな。そして急に思ったんだ(誓って本当だ!)これ以上何を悩むことがあるんだ、何を待つことがあるんだってね。ほらここに柳があるしスカーフもシャツもある、今すぐ綱を編めるしおまけにズボン吊りまである。もうこれ以上大地に迷惑をかけたり、低劣な僕の存在で辱めることはないんだって!」

ドミートリィがアリョーシャを待ちながら自殺の思いにとらわれた心情を語ります。自分の存在が大地を汚しているとの自責の念と、待つべき希望もないという絶望感に襲われたのです。それを弟に率直に語るところがまた彼の純真さでしょうか。「大地」は地球、地面、この世などの意を持つ語ですが、ロシアでは特別な語感を伴うことがあります。「罪と罰」で殺人を犯したラスコーリニコフが大地に接吻して赦しを乞うように、大いなるものの象徴のようです。広大なロシアの大地ならではです。

唯一人愛している2010-07-04

アリョーシャに会って希望を取り戻すドミートリィ

≪И вот слышу, ты идёшь, - господь, точно слетело что на меня вдруг: да ведь есть стало быть человек, которого и я люблю, ведь вот он, вот тот человек, братишка мой милый, кого я всех больше на свете люблюи кого я единственно люблю! И так я тебя полюбил, так в эту минуту любил, что подумал: брошусь сейчас к нему на шею! Да групая мысль пришла: "повеселю его, испугаю". ≫

<試訳>「そこにちょうどお前がやって来るのが聞こえて、ああ、突然僕に何か感慨が襲ったんだ。そうだ、この僕だって愛する人がいるじゃないか、ほら確かにあいつだ、やってくるあいつ、この世で一番好きで唯一人愛している僕の可愛い弟だ!それでその瞬間お前をすっかり好きになってしまって、今すぐ飛びついてお前の首に抱きつこうと思ったのさ。驚かして喜ばしてやろうという馬鹿な考えが湧いたんだ」

首を吊ろうかとまで落ち込んでいたドミートリィがアリョーシャの足音を聞きつけて急に元気を取り戻すのです。彼にこのような感情の激しい変化、病的な興奮の気質があることを作者は以前説明しています。それにしてもアリョーシャの存在が荒んだ兄の気持ちを救って生きる希望を与えるところに、苦悩の底で絶望的な状況にあってもなお人間への信頼を描く作者のメッセージを感じます。小説の力です。

チェブラーシカ2010-07-05

日本のマンガやアニメーションが海外でも人気だそうです。鮮やかな色彩、激しい動きや効果音のものが多いようです。チェブラーシカは不思議なほど静かな雰囲気でストーリィが進行します。声を張り上げることもなく、むしろ哀調を帯びていて別の世界のお話のようにさえ思われます。本当は子供たちだってこのような落ち着いた雰囲気が好きなのじゃないか、目の回るようなスピードやけたたましい音や派手な色彩を好むと思い込んでいるのは錯覚か、ある人達の意図なのではと考えさせられます。チェブラーシカは八百屋のおじさんに箱からとり出される場面から始まり、何という動物か分からず正体不明ということになります。純真な彼は自分が物事の中心になることはないのですが、見守り、繋ぎ、慰める、ちょうどアリョーシャのような存在なのではと思い当たりました。

そんなことあるもんか!2010-07-06

カテリーナの家での一部始終を聞くドミートリィ

≪Что она сказала? Дави меня, не щади! В исступление пришла?
- Нет, не то... Там было совсем не то, Митя. Там... Я там сейчас их обейх застал.
- Каких обеих?
- Грушеньку у Катерины Ивановны. Дмитрий Фёдрович остолбенел.
- Невозможно! - вскричал он, - ты бредишь! Грушенька у ней!
Алёша рассказал всё, что случилось с ним с самой той ммнуты, как вошёл к Катерине Ивановне.≫

<試訳>「あの女は何と言ったんだい。僕を押し潰すんだ、殴りつけてくれ、容赦なく!あいつは逆上してたか」
「いえ、そんなことは・・・・ あそこでは全然そんな風じゃなかったんですミーチャ。あそこで・・・ 僕、今し方あそこで両人に会ったんです」
「両人にって、何だい」
「カテリーナさんの所でグルーシェンカさんにですよ」
ドミートリィは驚いて立ちすくんだ。
「そんなことあるもんか!」 彼は叫んだ「寝言でも言ってるんだろう! グルーシェンカがあいつの所になんて!」
アリョーシャはカテリーナ・イワーノブナの家に入ったその瞬間からの彼女達の間で起こった事を全て語った。

ドミートリィがカテリーナの様子を聞き出すのですが、そこにグルーシェンカがいたことに驚きます。自分を巡って争う二人の女性の直接対決はよほど意外だったのでしょう。作者は相反する人間をぶつけて火花を散らせ合うことで新しい展開を図ることがよくあります。問題を曖昧にしたり回避したりしないでとことん掘り下げるところが真摯です。アリョーシャがここでもメッセンジャー役として物語を繋いでいます。

全ての事実を理解した2010-07-07

アリョーシャの話しを聞くドミートリィ

≪Брат Дмитрий слушал молча, глядел в упор со страшнюю неподвижностью, но Алёше ясно было, что он уже всё понял, осмыслил весь факт. Но лицо его, чем дальше полвигался рассказ, становилось не то что мрачным, а как бы грозным. Он нахмурил брови, стиснул зубы, неподвижный взгляд его стал как бы ещё неподвижнее, упорнее, ужаснее...≫

<試訳>兄のドミートリィは不気味なほど身動きもせず、まじまじと見つめながら黙って聞いていたが、アリョーシャには、彼がすでに全ての事実を理解して悟っている事がはっきりと分かった。しかし、話が進むにつれて、彼の顔は憂鬱そうにというのではなく、怖ろしいほどに眉をひそめ、歯を食いしばり、眼差しはますます張り付き、据わったように、ぞっとするようになってきた。

アリョーシャの話を沈黙してきいているドミートリィの様子が描写されます。二人の女性のやり取りの意味を理解し、その表情が凄みのあるものになります。読んでいるほうとしては、まだ彼の心の動きは良く理解できないのですが、それほど彼にとっては重大で深刻な事なのでしょう。

断頭台に載せるべきだ!2010-07-08

突然笑い出すドミートリィ

≪Он букбально залился смехом, он долгое время даже не мог говорить от смеха.
- Так и не поцеловала ручку! Так и не поцеловала, так и убежала! - выкрикивал он в болезненном каком-то восторге, - в наглом восторге можно бы тоже сказать, если бы восторг этот не был столь безыскусствен.
- Так та кричала, что это тигр! Тигри есть! Так её на эшафот надо? Да, да, надо бы, надо, я сам того мнения, что надо, давно надо!≫

<試訳>彼は文字通りげらげら笑い出し、しばらくの間は笑いころげて話すことも出来ないほどであった。
「結局、手に口づけしなかったんだ!結局、口づけせずに走り去ったぞ!」 彼は病的なほど有頂天になって叫んだ。この喜びようがこれほど自然なものでなかったなら、無作法な興奮としか言えなかったろう。
「じゃあ、あの女は虎だと叫んだんだな!まさしく虎だ!じゃあ、あの女を断頭台に載せろと言うのか?まさしく、まさしくそう、そうしなけりゃならん、僕自身そうすべきだと思ってるんだ、ずっと前からそうすべきだったんだ!」

険しい顔でアリョーシャの報告を無言で聞いていたドミートリィが突然一変し、抑えがたい笑いに転じます。グルーシェンカがカテリーナに返礼の口づけをしなかったことに、溜飲を下げたかのように歓喜します。後半は、グルーシェンカが帰った直後に駆けつけた叔母や小間使いの前で、興奮したカテリーナがグルーシェンカを評した言葉を捉えています。ドミートリィもグルーシェンカを「虎のような」「断頭台に載せるべき」したたかな女と捉えていながら魅せられていることが分かります。アリョーシャが実に正確なレポーター役を果たしています。

僕を咎めんでくれ2010-07-09

ドミートリィはグルーシェンカの所へ行こうとする

≪Так она домой побежала? Сейчас я ... ах... Побегу-ка к ней! Алёшка, не вини меня, я ведь согласен, что её придушить мало...
- А Катерина Ивановна! - печально воскликнул Алё ша.≫

<試訳>「じゃあ、あの女は家に走り去ったんだな。今すぐ、僕は・・・あぁ・・・あの女の所へ駆け付けることにするぞ! アリョーシカ、僕を咎めんでくれ、だって僕はあの女を絞め殺しても足りないってことに賛成なんだから。]
「それでカテリーナ・イワーノブナさんはどうなるんです!」と悲しげにアリョーシャは叫んだ。

この段落の前でドミートリィはグルーシェンカを「この世で想像できる限りの魔性の女の中の女王」とまで大げさに表現しています。それでもなお彼女のもとに走ろうとする彼に、アリョーシャがカテリーナへの気遣いを表します。自分の感情のままに行動する本人はその結果どうなろうといいのでしょうが、それによって周囲を巻き込み、悲しませ、不幸にする彼を押し留めたくなります。そう思わせるようなリアルな人物像を作り上げたところが凄いです。

ナージャの村2010-07-10

世界を驚愕させたチェルノブィリ原子力発電所の事故がもたらしたものを静かに描いた映画です。立入禁止地帯の小さな村でひっそり暮らす村人たちの生活が淡々と美しい映像でドキュメンタリー風に表現されています。直接事故を取り上げてはいないのですが、かえって背後にある巨大で不気味な存在が浮き彫りにされています。「ナージャ」は女の子の名前「ナジェージュダ」の愛称で、日本語では「希望」、「望ちゃん」です。名前の通り希望を持ち続けて幸せになっていてほしいです。