楽しい遊びで忘れてしまおうとする2018-09-04

 ≪Теперь же мы или ужасаемся, или притворяемся, что ужасаемся, а сами, напротив, смакуем зрелище как любители ощущений сильных, эксцентрических, шевелящих нашу цинически-ленивую праздность, или, наконец, как малые дети, отмахиваем от себя руками страшные призраки и прячем голову в подушку, пока пройдёт страшное видение с тем чтобы потом тотчас же забыть его в веселии и играх.≫

<試訳> 今の私達は、恐れおののき、あるいは恐れるふりをして、実は反対に冷笑的で怠惰な無為を揺り動かすような、強烈で奇抜な感覚を好む者として見世物を楽しんでいるか、あるいは、小さな子供の様に、手を振って怖い幻影を追い払い、恐ろしい光景が過ぎ去るまで枕の下に頭を隠し、やがてそんなものはすぐに楽しい遊びで忘れてしまおうとするか、なのです。

・ 検事の演説の調子は熱を帯びてきます。要するに、世間の人々は惨劇に驚きつつも、退屈な日常を紛らわして好奇心を満たすか、または全く関わらずにやり過ごしてすぐ忘れ去るの、といつの世も変わりない風潮を鋭く指摘しています。

コメント

_ 慎之介 ― 2018-09-04 09:15

検事の持ち時間は長いのですね、と言う感想です。
しかし、読み進んでいくに従い、正に人の歴史は繰り返されると実感されます。人は何を学び進化していくのでしょう。万年という単位で行きつ戻つしていくのでしょう。その間多くの生き物を絶滅させながら。

_ mir→慎之介さん ― 2018-09-05 07:20

検事はこの際にとばかり自説を展開して、時間を気にしていないように感じますね。
訴えている内容に古さを感じませんから、人間の課題は現在もなお変わらず残っていて、その点では進んでいるとは言えませんね。前進したところと、負の面を正しく認識すべきでしょう。

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